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(C) Yoshimasa Hatano

晩年期のニレジハージの公式録音(1972~82)


ニ レジハージの生涯でもっとも豊富な録音記録が残っているのがこの時期である。彼は生前、IPAのグレゴール・ベンコーのプロデュースでコロンビア Masterworksと2枚、Desmarと1枚のLPを録音し、高崎短大プロデュースで東芝EMIと1セットのLPを作成した。死後に、グレゴール・ ベ ンコーのプロデュースで、VAIよりIPAセッションのアウトテイクを集めたCD(オペラの編曲集)が発売された。これに加え、2008年にMusic and Artsから、オランダ・ニレジハージ財団とKevin Bazzanaの監修で、晩年の未発表録音の一部が発売され、2017年4月に1972年にセンチュリー・クラブで行われたリサイタルの録音が Sonetto Classicsから発売となった。



Nyiregyhazi Plays Liszt (Desmar, IPA111)




Nyiregyhazi Plays Liszt (Desmar)
1. En reve (nocturne), 2. Ballade No.2 in B minor, 3. Sunt lacrymae Rerum, 4. Abschied, 5. Legend No.1, 6. Legend No.2

ニレジハージが復活ののろしをあげた盤、というだけでなく、実際に内容 面でも筆頭に挙げられるべき盤である。1973/5/6、サンフランシスコ、Old first churchにおけるコンサートで、彼の演奏が聴衆により、無断でカセットテープに記録された (当日のプログラムp1, p2)。 その録音を耳にしたIPA(当時IPL: The International Piano Library) という組織の会長(当時副会長)グレゴール・ベンコーは驚嘆し、ニレジハージを探し出し、スタジオ録音が実現した。1974年の スタジオセッションと、発見のきっかけとなったライヴでの録音の一部が合わせられて、1977年に発売されたのがこのレコードである。

このレコードには、ニレジハージの魅力が凝集している。演奏活動再開から間もないこの時期は、彼の技術の衰えから来る問題がそれほど前面に出てきておら ず、彼の巨大なリスト演奏をストレートに味わうことができる。また、気力も充実していたのだろうか、後年のよりも表現のバランスが取れているだけでなく、 表現の集中度も高い。私にとっては、低く評価されがちな、フランツ・リストという作曲家の深淵を感じさせてくれたレコードでもある。

A面は1974年のスタジオセッションからのものである。最初のEn-Reve-Nocturneでは、彼の瑞々しいピアノと叙情的な表現が魅力的であ る。「バラード第二番」では、雄大なスケール、美しい音色、大時代的でイマジネイティヴな奏法、どれも素晴らしい。左手が「波間」のように怒濤のように鳴 り響いているのが印象的。後半、ややコントロールを失う箇所があるものの、全体としては圧倒的な演奏となっている。「Sunt Lacrymae Rerum」も、高崎で録音されたものよりも客観的で抑制がきいている。かといって緊張感が減退したわけではなく、こちらの方が凝集しているだけに、表現 としての力はより強く感じられる。A面最後のAbschiedがまたすばらしい。まるで晩年のブラームスかヤナーチャクのように懐かしく響く感動的な曲 を、ニレジハージが慈しむように演奏している。
B面の、「二つの伝説」は、晩年のニレジハージを世界的に有名にした、1973年5月6日のオールド・ファースト・チャーチのライヴからのものである。彼は若い頃から「二つの伝説」を得意としていた。ニレジハージ10 代の頃、この曲の彼の生演奏を聴いたとある職業ピアニストは、あまりのショックのために、二度とこの曲を演奏するまいと誓った、というエピソードがあるほ どだ。この録音は、会場の外を走る車の音が聴こえてくるような劣悪なものだが、ニレジハージの演奏の特質は明らかである。
最初の曲、「小鳥と話すアッシジの聖フランシス」では、ニレジハージは多彩な音色のパレットを用いて、繊細かつ雄大な表現を行っている。冒頭の粒だちの良いトリル、巨大な中間部を経て、後半に進むに従って音楽は超絶性を増していく。
続く「波間を渡るパオロの聖フランシス」は、記録されたニレジハージの録音群の頂点に位置する演奏と言ってもいいだろう。重厚で壮大な和音に始まり、大波が打ち寄せるような左手のフレーズ、巨大なダイナミクス、どれもこの曲の常識的解釈を超えている。シェーンベルグの言う、「彼は彼のやり方で形式を確立する」 という言葉を実感させてくれる演奏だ。この曲のこの演奏を超えるものがあるとすれば、彼の若い頃の録音がどこかに残っていた場合だけだろう。だが、それが あったとて、ミスタッチが無くなる程度で全体的な印象はあまり変わらないのではないだろうか。9年後、来日時にホテルニューオータニでこの「波間」を弾い ているが、残念ながら技術的な衰えが顕著で、音楽がほとんど崩壊してしまっていた。その意味で、ニレジハージ全盛期の凄まじさを十分想像させてくれるこの 録音は貴重である。権利上の問題からCDの復刻の 見通しがたたない現在、入手しやすいLPを求めるのは悪い選択ではない。また、東京文化会館の音楽資料室でも試聴可能。




「Nyiregyhazi plays Tchaikovsky/Grieg/Bortkiewicz/Blanchet」



GRIEG: SIE TANZT, OP.57 No.5
DER HIRTENKNABE, OP. 54, No. 1
WALTZ IN A MINOR, OP. 12, No. 2
HEIMVARTS, OP. 62, No. 6
TCHAIKOVSKY: WARUM? OP. 6 No. 5
BLANCHET: AU JARDIN DU VIEUX SERAIL

TCHAIKOVSKY: WALTZ IN A-FLAT MAJOR
ROMANCE IN F MINOR, OP.5
BORTKIEWICZ: TRAVEL PICTURES: POLAND (MAZURKA), VENETIAN GONDOLA SONG, IN SPAIN33,


1978年、Desmar盤の好評から活動資金を得たベンコーとニレジハージは二枚のLPをコロンビアで作成した。それが、「Nyiregyhazi Plays Liszt (Masterworks)」「Nyiregyhazi plays Tchaikovsky/Grieg/Bortkiexicz/Blanchet」である。

1977年発売のDesmar盤は優れた出来だったが、この「Nyiregyhazi plays Tchaikovsky/Grieg/Bortkiewicz/Blanchet」では、コントロールを失ったかのようなフォルテッシモや、テクニックの 衰えから来るリズムの崩れ、といった晩年のニレジハージの欠点が前面に出てしまっており、曲によってはややグロテスクな印象さえ与える。例えば、グリーク の「Sie Tanzt 」、「Heimwaltz」、Bortkiewiczの「Spain」のデフォルメは多くの聴き手を困惑させるだろう。

その一方で、彼の美点が出ている演奏もいくつかある。その一つがグリーグのDer Hirtenknabe Op54.1だ。中間部でペダルを開放気味にして、硬質な音を、互いに共鳴させあうように鳴らしている。ニレジハージは、未発表ライヴ(M&Aよ り発売予定)のスクリャービンの「第四ソナタ」冒頭でも同様の奏法を行っていたが、こういうステンドグラスを見るかのような不思議な響きを現代のピアニス トから聴くことはほとんどない。また、グリーグの「Waltz A minor」では、主声部を豊かに演奏しつつ、副声部とずらすことによって、立体感を与えている。Blanchetは、50年前に録音された彼のピアノ ロール録音と同じ解釈だ。やや異形ではあるが、オーケストラのように豊麗な響きを持つ演奏である。

B面は、チャイコフスキーのワルツの嫋々たる演奏が印象的で、彼の好演の一つと言えるだろう。多彩な音色を駆使しているせいか、ゴージャスな印象さえ与え る。「ロマンス」も時代のかかった演奏で、まるでピアノロールを聴いているかのような錯覚に陥るのだが、残念ながらその陶酔は長く続かない。またしても中 間部は、ペダルを解放し、拳でひっぱたくようなタッチとなってしまっている。次のBortkiewiczの「Travel picture」の第一曲「ポーランドにて」では、ホロヴィッツのような乾いたタッチと、嫋々たるタッチを組み合わせており、それらが実に効果的。第二曲 「ヴェネツイアのゴンドラの歌」も幽玄の世界を描いて印象的だ。この二曲は良いのだが、第三曲「スペイン」で、フォルテッシモの抑制が利かず、リズムまで が崩れてしまっている。

こ の盤や「Nyiregyhazi at the Opera」などで聴かれる、晩年のニレジハージのフォルテッシモの野放図さをどう捉えるべきだろうか。私個人としては、いわゆる表現主義と言うよりは、 一種のマンネリズムから強奏されているように感じられる。確かに豪放ではあるが、曲調にあっていないせいか、一種の空虚さを感じさせずにはおかないし、同 じフォルテッシモでも全盛期であれば違う鳴り方をした筈である。一方、晩年の演奏でも、リスト演奏ではそういった事を感じさせることが少ないのは、ニレジ ハージの作曲者や作品への共感の度合いの差ではないだろうか。



「Nyiregyhazi plays Liszt」



[ SIDE 1 ]
01. Hungarian Rhapsody No.3
02. Mosonyi's Funeral Procession
[ SIDE 2 ]
01. Weihnachtsbaum
02. Nuages Gris
[ SIDE 3 ]
01. Hamlet
02. Miserere After Palestrina
[ SIDE 4 ]
01. March Of The Three Holy Kings From Christus
02. Aux Cypres De La Villa D'este, No.2

1978年発売のこのレコードは、米ステレオ・レビュー誌で「今年の一 枚」に選ばれただけでなく、内容の暗さ、重さをよそにビルボードのクラシックチャートの第三位という売り上げを残した(それだけ当時の彼は時の人だったと いうことだ)。上のもう一枚のMaterworks盤よりも前に発売されているため、順番としてはこちらが第二作目にあたる。グリーグでは困惑させた強引 な手法も、リストでは不思議に説得力を持って響く。重い和音、厚いペダル、濃厚で沈鬱な表情、強靭なフォルテと美しいピアノの対比.......どの曲も ほとんど同じワグネリアン的なスタイルがとられているので、ここでは3曲についてのみ述べる。

冒頭の「Hungarian Rhapsody No.3」は、VAIから発売されたCD「Liszt: 19 Hungarian Rhapsodies Played by 19 Great Pianists 」でも聴くことができる。ニレジハージの名を知らない若い世代の聴き手を驚かせたようだが、実際、大変な演奏である。独特の粘りのあるリズムと凄まじい重 低音で、圧倒的な感銘を与える。VAI盤は、リヒテルら26人の大ピアニストの演奏を用いて「ハンガリアン狂詩曲」全曲を収録した企画盤だったが、ニレジ ハージのこの演奏は大ピアニストの演奏中でもひときわ異彩を放っていた。

陰鬱に始まるHamletも、全曲に渡って、強烈な情念の放射を感じさせる。5分あたりからはカオス状態になるものの、表現の方向性が明確な上、彼の集中 度も高いため、グリーグなどでニレジハージが見せるフォルテッシモのような違和感を感じさせることがあまりない。7分、9分を過ぎたあたりに突然表れる水 晶のように透明なピアノの音も美しい。後半部のスケールも雄大で、まるで「神々の黄昏」のような世界が広がっている。

Abendglocken (Weihnachtsbaum)では、彼の瑞々しいタッチと、フレージング処理の巧さが印象的である。瞑想的で慈しむような表情が素晴らしい。ところ で、この曲の冒頭で描かれている鐘の音だが、どこかアルヴォ・ペルト作品に頻出するミニマル・ミュージックを思わせるものがある。この部分一つとってもリ ストの天才は明らかだと思うのだが、いくら駄作が多いからといって、世間はあまりに彼を過小評価していないだろうか?

全 体的に、この数年前のDesmar盤に比べて、ミスタッチ、リズムの崩れが進行している印象があるのは否めない。実際、この盤から彼のテクニックの問題が 指摘され始めており、アシュケナージやアール・ワイルド、といったピアニスト達は辛辣な評価を下している。しかし、技術的な問題をある程度覚悟して聴け ば、聴き手は、ニレジハージが、リストの内面に迫ることのできた、稀有のピアニストだったことに気づくことだろう。ここには、もう一枚の Masterworks盤に見られたような、曲と演奏者の距離を感じさせることがない。聴衆はニレジハージを通じて、リストの深淵をかいま見ることにな る。しかし、このレコードは、コマーシャリズムというものを意識せずに作られている。ドストエフスキーの小説のような重量感を感じさせるこのアルバムは、 入門者にはちょっと重すぎ、若干退屈さえ覚えさせるかもしれない。



「平和の使途たち/The Messengers Of Peace -Part 1-」(東芝)


Album 1
Liszt: Christus Sheperds Song
Grieg: Days of Youth
Liszt: March of the Crusaders, Elizabeth
Schubert: Heidenroslein
Liszt: Les Jeux D'Eaux A La Villa Deste
Debussy: Pagodes (Estampes No 1)
Album 2
Tchaikovsky: Aria Eugene Onegin,
Blanchet: Au Jardin Du Vieux Serail
Wagner: Rienzi And Lohengrin
Tchaikovsky: Romance in F Minor,
Liszt: Sunt Lacrymae Rerum

1980年の春、ニレジハージは二日続けて、高崎音楽短大で公開演奏を行った。当時、既にニレジハージのレコードも発売されていたこともあり、チケットの反響は上々で、日本全国から客が集まってきたという。急遽来日が決まったこともあって(いきさつはこちら)、リサイタル会場は黒板もそのままの短大の一室、プログラムのつくりもごくごく質素なものであった。規模は小さいながら、多少の収益は出たようで、それらはニレジハージに報酬として渡され、一部はこのLP制作にまわされた。

初日と二日目の演奏会はセットになっており、異なったプログラムが弾かれた。残された映像や録音をチェックすると、初日は、和音から和音へ移る際に、鍵盤 を探るような弾き方になっており、ブランクの影響を感じさせずにはおかない(友人宅でのホームコンサートを除けば、1973年が彼の最後の公演である)。初日の最後に弾かれた「3人のジプシー」では、右手の早いパッセージでもたつく場面も見られる。二日目は 慣れたのか、そういった探るような動きが無くなっており、タッチのコントロールへの意識、集中度も高くなっていた。初日は明るいままで演奏会が進行した が、二日目は会場の照明が暗く落とされていたので、そういうことも彼の精神集中を高めたのかもしれない。当時から、初日よりも二日目の演奏を高く評価する 声が多く、ニレジハージ自身、二日目の演奏については、「今までの演奏会の中でもベスト」と評していたという。

演奏会は二日間とも録音、録画され、LPのために11曲が選ばれた。「平和の使途たち」という題名をつけたのは関川氏で、「偉大な音楽家達は曲にメッセー ジを込めるもの。ニレジハージもそうだった」という理由だった。充実したライナーノーツを持つ5000セットが東芝より限定発売された。あまりの反響から 追加5000セットが制作されたが、それでも需要を満たすものではなかったという。現場の録音には、プロデューサー/評論家の相沢昭八郎氏が関わってお り、二日目の公演直後のニレジハージとのインタビューでも意気込みを表明していたのだが、なぜか彼の名は出来上がったレコードにはクレジットされていな い。何が起きたにせよ、ここでの録音は良好である。ピアノの音は近接マイクで捉えられ、ニレジハージの紡ぐ、豊麗で肌理の細かいピアノの音を聴くことがで きる。

最晩年の演奏であるため、ミスタッチ、リズムの崩れなど、聴き苦しい箇所もないわけではない。しかし、多くの魅力的な瞬間が収められたレコードであること には変わりはない。たとえば、ドビュッシーのPogodesは、4種類ある同曲録音の中ではもっともテンポが遅く、そしてもっとも瞑想的な美しさを放つも のである。ここでのニレジハージの表現は実に見事なもので、様々な音色を絶妙のペダリングとタッチで紡ぎだしている。ワーグナー/リストの「リエンツイ/ ローエングリン」も霊感に満ちた演奏である。冒頭の簡単な数音だけで、曲への期待を抱かせてくれており、それは最後まで裏切られることはない。チャイコフ スキーの「エウゲニ・オネーギン」も強く印象に残るトラックである。深いペダルをかけ、まるでチェロのようにゆったりと歌われる旋律、かき鳴らされるコー ダ、極限まで引き延ばされるテンポ........今時、こういう大時代的な演奏を人前で行うには、相当の勇気が無ければできないものだが、ニレジハージ にとってはこう演奏するのが自然だったのだ。タッチの荒れは隠せないのだが、内面からの表出力の強さが、表面的な欠点を十分カバーしている。シューベルト の「野バラ」は、古典主義者達の中には、恣意的なまでに崩された歌い回しに反感を持つものがいるかもしれない。だが、その歌い崩しには、自己顕示的な嫌味 というものがない。あたかもピアノと対話しているかのようで、それがこの演奏に誠実さと純粋さを感じさせている。

Part 1というタイトルが示すように、当初は続編が構想されていた。1982年の二度目の来日後、高崎の日本ニレジハージ協会の活動が鈍り始めるとともに、 Part 2の制作は幻となった。それもあって、未発表のままに終わった好演も多い。例えば、シューベルトの「さすらい人」がそれで、雄大かつ情熱的な演奏である。 ラフマニノフの変ロ短調の前奏曲もはメランコリックに始まり、中間部では壮大な和音を奏でている。チャイコフスキーの「ワルツ」は、ただひたすら耽美的。 ショパンのロ短調マズルカも、リズムは崩され、大時代的に、メランコリックに弾かれる。チャイコフスキーの「四季」では、「7月」の表現がややオーバーで タッチも混乱気味であるが、情緒纏綿たる「1月」、そして、暖かく自在な表情の「4月」は美しいトラックである。

「平和の使途たち」は、晩年のライヴを優れた音質で聴ける意義あるLPなのだが、問題は完全限定版であったため、入手がほぼ不可能になってしまっているこ とだ。以前、ニレジハージの親戚が運営しているサイトで、全曲のwma fileを掲載していたことがあったが、現在はそれも停止されている。ただ、一部は既出のCD「Nyiregyhazi at the Opera (VAI)」で聴くことができるのと、シューベルトの「さすらい人」「野バラ」、チャイコフスキーの「ロマンス」は9月発売予定のMusic and ArtsのCDに収められる予定である(2008年2月記:2007年12月に発売となった)。



「Ervin Nyiregyhazi in Performance: Live Recordings, 1972-1982」(Music and Arts) 


妻 の病気の治療費を稼ぐため、1972年、ニレジハージは長年の放浪生活から復帰した。それから82年に至るまで、幾度かの公演を行った。それらのほとんど は録音されていたのにも関わらず、ごく一部しか日の目を見ていなかった。2007年春に出版されたKevin Bazzanaの伝記、Lost Geniusに、そういった未発表音源を含むCDを添付することが計画されていたのだが、残念ながら、本の価格を抑えるためにその計画は見送られた。その 次に浮上してきたのが、音源をリンクさせたHPの作成である。当初、国際ニレジハージ財団が全ての音源にアクセスできるような包括的なサイトを作成し、厳 選した音源を掲載するサイトを私が日本向けに作る、という方向で話が進み、そのむねもBazzanaの伝記に記載された(注1)。しかし、その後、いくつ かのレコード会社がニレジハージの音源に興味を示し始めるにいたり、厳選された音源のみをCD化し、選に漏れた音源を中心に当HPが取り扱う、という流れ に変わっていった。M&AのCDがこうして生まれた(注2)。このCDの元となったコンサートは以下の太字である。

復帰後のコンサート, その他
1) Solo concert at the century club, CA, 12/17/1972
2) Solo concert at the old first church, CA, 5/6/1973
3) Solo concert at Forest Hill Club Hose, CA, 5/24/1973
4) Solo concert at Ronald F. Antonioli's house, CA, 7/29/1973
5) Solo concert at Ronald F. Antonioli's house, CA, 4/30/1978
6) Solo Recitals, Takasaki Art Center College, 5/31/1980, 6/1/1980, Japan
7) Solo Recitals, Gunma Kenmin Hall (1/10/82), Hotel New Ohtani (1/12/82) and Daiichi-seimei Hall (1/21/82), Japan
8) Private or unpublished studio recordings

プライヴェート録音を中心としたものなので、中には録音が万全ではないものもある。高崎、東京における録音は、プロの録音技師が関わっているだけあって良 好な音質である(注3)が、例えば、「二つの伝説」が弾かれたOld First Churchの録音はカセット録音であるため、劣悪であることを覚悟する必要がある。一方、Century club, Forest Hill clubの録音状態はかなり良い。特に、Forest Hill clubのニレジハージは気力ともに非常に良い状態にあったようで、演奏の平均点も高い。ここに収められていない演奏は、晩年のニレジハージの未発表録音で聴くことができる。

いままでのニレジハージの演奏がそうだったように、この盤も賛否両論の評価がくだされるだろう。目玉は、Desmar盤から30年ぶりに復活した「二つの 伝説」(1-1, 1-2) だ。この演奏については既に何度か触れているのでもう繰り返さない。ただ、「二つの伝説」のこのCDに収められたヴァージョンは、不適切なイコライザー処理によっ て高域のヒスが増大しており、LPのものと印象がかなり異なる(注4)。クリアになったのは良いのだが、テープの不安定さ もはっきり出てしまっている。加えて、「波間」の冒頭も音が途切れており、これは避けられただけに気になる。結局は好みの問題に帰着するのだが、個人的に は、聴き疲れせず、そして、音の密度を感じさせるLPのヴァージョンを上位に置く。明らかにイコライジングでいじられたとわかるのはこのOld First Church由来のトラックで、後のトラックはマスターテープからあまり手が加えられていないと思う。

Liszt作品では、Aux Cypres de la Villa d'este (1-6)も巨大な演奏で、その終末的な響きは、ヴァーグナーの「神々の黄昏」を思い起こさせる。Sonnetto 123 del Petrarca (1-5)では、打って変わって、ピアノから叙情的かつ豊麗な響きを引き出している。音の一つ一つの表情の豊かさは他に比べるものがない。 Waldesrauschen (1-4)でも、多彩な表現力が光っている。

Brahmsの118-6の間奏曲(1-8)は、曲のメランコリックで幻想的な気質があっていたのか、ニレジハージがよく取り上げていた演目の一つ。彼を 日本へと招聘した琵琶奏者の関川氏は、「彼の音楽は精神的に邦楽と共通するものがある」と私に話してくれたが、この演奏にも東洋的なわび・さびのようなも のを感じる。ただ、中間部は技術的にやや粗い。GriegのNotturno(1-10)は、心に沁み入ってくる美しさを持つトラック。夢見るような導入 部には一種の催眠作用がある。続くチャイコフスキーのValse (2-1)の歌い回しの魅力的なこと!中間部の豊麗な表現も見事だ。続くRomance も同様。Pagodesも、晩年のニレジハージが得意とした曲で、Old first Churchや高崎での録音がある。ここでも、彼の表現力の粋を集めたような見事な解釈を聴くことができる。La Plus Que Lente (2-4)は、Pagodes同様、Forest Hill clubからのもの。Old first churchで弾かれたものと解釈は同じであるが、録音、ピアノの状態はこちらの方が良い。まるでラグタイムのようにノスタルジックな味わいに満ちた演奏である。

スクリャービンの第四ソナタ(1-9)は、彼が若い頃から手がけていたレパートリーの一つ。第二楽章は猛烈なテンポで開始されており、気力の充実を感じさ せる。後半部に技術的粗さが目立つが、この曲自体がヴィルトオーゾ泣かせの超難曲であること、彼が高齢であったことの二つは留意してお く必要があるだろう。一方で、第一楽章については、彼の多彩な響き、決然たる打鍵によって、浮遊感と立体感を感じさせる注目すべき演奏となっている。

比較的録音状態の良いCentury Clubのコンサートからは、ショパン作品が4作品収められている。マズルカOp63-2, Op33-4のどちらも、孤絶感と憂愁の影が印象に残る。Old ChurchでのOp55-1のノクターンでは、19世紀的浪漫主義の極致のような解釈を聴かせてくれる。右手は常に左手より遅れ、テンポは引き延ばされ ている。

日本公演からの録音で印象に残るのが、1982年の公演からのラフマニノフのピアノ協奏曲第二番の第二楽章で、これはニレジハージ自身による編曲である。 伝記によれば、評論家のハロルド・ショーンバーグは客席でこの演奏を聴いていた。かつてニレジハージを賞賛したショーンバーグだが、この頃には、ニレジ ハージを祭り上げる日本の空気にうさん臭さを感じ始めており、彼の演奏を素直に聴くことが出来なくなっていたらしい。Kevin Bazzanaとのインタビューで、この演奏も「ひどい」と厳しく断罪されている。しかし、残されたこの録音は、ニレジハージがいかに巨大な表現者であっ たかを証明するものだ。技術的なキズを考慮に入れたとしても、ショーンバーグの評価はフェアなものとは言えない。ニレジハージの最晩年を代表する名演の一 つになっていると思う。1980年の高崎公演からの「Der Wanderer」(2-11)も、まるでLisztのように巨大な演奏である。一方、野バラ(2-12)では、ニレジハージの優しい内面に触れることが できる。

ライナーノーツにはBazzanaの書き下ろしの文が掲載されており、充実した内容となっている。ただ、その邦訳は水準を下回るものと言わざるを得ず、機 械翻訳調で理解困難である。人名表記、映画等の邦題、写真の注釈にも問題がある。それらの不満を除けば、この盤は、19世紀のロマン主義的ピアニズムを、 現代に克明に伝えるものとして大きな価値を持つものだ。

M&A盤についての雑誌評

1) International Piano (p73, March/April 2008)
ほぼ一ページを割いて、写真入りで好意的に紹介。著者のGuy Rickardsは、Kevin Bazzanaの伝記「Lost Genius」に簡単に触れた後、「リストの「二つの伝説」のトラックに見られるような、驚くべきデリカシー」を賞賛し、「このトラックが彼の最高の輝 き」を見せているとしている。「遅いテンポは昨今のリスナーを困惑させるだろうが」としつつ、ショパンの演奏についても同様の賛辞があたる、としている。

ニレジハージは、「楽譜には作曲家の真の意図は不十分にしか書かれていない」と考えていた。そのため、彼は、作曲家の意図を「再解釈する演奏家」だった。 その表現主義的指向が最上の形であらわれた例として、Rickardsはスクリャービンの第四ソナタの演奏をあげている。その「高飛車なまでに気まぐれな 解釈」は、「もっとも気ままに弾いた時のジョン・オグドンでさえこのようでなかった」としている。最後に、このリリースは、前時代の演奏に眼を向けさせる だけでなく、「偉大だがアラもあった」過去の芸術家のキャリアに光をあてたものと結んでいる。


Nyiregyházi Live, Vol 1: The Century Club of California, 1972 (Sonetto Classics, SONCLA002)


Disc.1
ブラームス:ピアノソナタ第3番
Disc.2
リスト:巡礼の年第3年より
第2曲「エステ荘の糸杉に寄せてI・哀歌」
第4曲「エステ荘の噴水」
巡礼の年第1年『スイス』より
第7曲「牧歌」
メフィスト・ワルツ第1番「村の居酒屋での踊り」
ショパン:
マズルカ嬰ハ短調Op.6 No.2
プレリュード嬰ハ短調Op.28 No.10
マズルカ ヘ短調Op.63 No.2
ロ短調Op.33 No.4
ブラームス:
間奏曲変ホ短調Op.118 No.6
ドビュッシー:
『版画』より 第1曲「塔」
リスト:
巡礼の年第2年補遺『ヴェネツィアとナポリ』より
第3曲「タランテラ」
<アンコール>
リスト:
巡礼の年第1年『スイス』より
第2曲「ヴァレンシュタットの湖で」
2つの演奏会用練習曲より 第1曲「森のざわめき」

Recorded: December 17, 1972
The Century Club of California, San Francisco, California, U.S.A.
Piano: Steinway & Sons
Producer: Tomoyuki Sawado (Sonetto Classics)
Project Advisor: Kevin Bazzana
Digital Remastering: Andrew J. Holdsworth and Tomoyuki Sawado
Digital Transfer: Jed Allcock (Abbey Road Studios, London)
Honorary Executive Producers: Peter W. Greenleaf and Jinko Yokoyama
Sponsors: Miho Sawada and Barry Florin; Eri and Akihiko Kawahara; Jun Kinoshita


ニレジハージは長年の沈黙の後、9番目の妻となったエルシー・スワンの治療費を稼ぐために1972年より一連のリサイタルをカリフォルニアで開始した。その最 初に行われたのが1972年12月17日のセンチュリー・クラブのリサイタルである。このアルバムはリサイタルの全貌を収めており、オランダの国際ニレジハージ財団のオー ソライズも受けた公式盤で、彼の30回目の命日である2017年4月8日に世界同時リリースとなった。

年齢と長年のブランクから来るテクニックの衰えは、「タランテラ」を始め、随所で見られる。その一方で、欠点を帳消しにするような弩級の迫力や美しさを感じさせる演奏も多く 含まれている。特にブラームス の第三ソナタの巨大なスケールは印象的だ。美しいフレージングと深い呼吸の光る第2楽章は、彼の最良の遺産の一つであると同時に、彼が傑出した演奏家で あったことを如実に物語っている。この楽章だけでも聴いてもらいたい。ショパンやドビュッシーも瞑想的な美し さに溢れている。

こ の盤は私のプロデュースによるものなので、自画自賛になってしまうようなことは避けたいと思う。ただ、いくつか重要なポイントは挙げておきたい。まず音 質。おそ らくプロかセミプロの録音技師の手によってセットされた、臨場感豊かなステレオ録音となっている。今回用いた音 源は、かつて高崎にあり、現在はSonetto Classicsのアーカイブに所属する三巻のリールで、これはニレジハージ自身が所有していたものだ(彼自身がケースにプログラムをボールペンで 書き込んでいる)。Music and Artsで採用されたCentury Clubの音源はバザーナ由来のCD-RでYoutubeにもアップされているが、それとは次元が違う、はるかに鮮明で情報量の豊かな 音を聴くことができる。フォルテは古さを感じさせるところもあるが、ピアニッシモにおけるビロードのような肌理の細かさと透 明度の高い音はちょっと他では聴けないほどのものである。初めてこのテープを聴いたのは昨年、アビー・ロー ド・スタジオだったが、その時は一緒にいたアンジェロ・ヴィラーニがピアニッシモの音の素晴らしさに思わず嘆声をもらした。当初、1973年のオールド・ ファースト・チャーチのコンサートの録音を出すつもりだったが、テープの音を聴いて予定を変更、このアルバムを最初に出すことに決めた。

原音の良さを殺さないよう、「アンジェロ・ヴィラーニ・プレイズ・ダンテ・インフェ ルノ」 のリマスタリングで高評価を得たアンドルー・ホルズワースと共に慎重にリマスタリングを行った。二種類のノイズ・リダクション・フィルターを用いると同時 に、ワウ・フラッターを最新のデジタル技術で除去した。ただ、ショパンの33-4のマズルカからブラームスの間奏曲にかけて左チャ ネルに顕著な音揺れがあったため、この2トラックに関してのみ、右チャネルを左チャネルにダブしてモノラルにした後に、前後のステレオ箇所と差異を減らす 方向でリ マスタリングを行った。

ライナー・ノーツは長年の共同作業者であるケヴィ ン・バザーナの書き下ろし。ニレジハージの生涯とセンチュリークラブの演奏を解説している。彼はアドバイザーとしても参加し、アルバム細部の彫琢に根気よくつきあってくれた。24ページの日本語・英語冊子に は故・木之下晃氏の未発表写真を始め、新発見の写真も入れている。

リマスタリングの方向性、カバーのデザイン、フォントの設定、冊子のレイアウトの細部に至るまで、自分の手で納得できるまでやった。妥協はしていない。ニレジハージが生きていたらきっと喜んでくれただろうと確信 している。

プロモ映像はこちら



ノート

注1) 2008年2月の段階で、財団のサイトはスタートしていない。当サイトも含めて、いくつかのニレジハージサイトがスタートしているため、財団としてはその動きを静観したい、とのことである。

注2) このCDの監修は、著作権を管轄するオランダの国際ニレジハージ財団の協力のもと、Kevin Bazzanaによって行われた。選曲にあたっては、彼から相談を受けたことがあった。いくつかの意見を具申したものの、その段階でKevinの中で案は ほぼ固まっていたし、私の意見も彼の案とそう大差なかった。そのため、私の意見が、最終的な選曲に反映した、ということはない。具体的には、 Pagodesは「ニレジハージの美音を捉えている」高崎録音の方が好ましいのではないか、ということを言ったのだが、最終的には、M&Aのプロ デューサーがKevinの選んだ「技術的により洗練された」、Forest Hillのヴァージョンを採用した。それはそれで理解できる決定だと思う。LisztのGretchenを含むことも進言したが、これもトラックが長過ぎ る、という理由で見送られた。この他に収められなかった有力録音としては。ファンからの支持が高いブラームスのソナタ、ダンテ・ソナタ、ニレジハージが生 涯最後に録音したリスト、1982年の自作自演公演の録音等がある。

注3) これら高崎、東京音源についてだが、私が日本で関川氏より貸与された「自作自演」公演の録音テープからのものは一切使用されていない。ここで使用されたのは、ドリス夫人在世時に、国際ニレジハージ財団に高崎から移されたテープからのものである。

注4) 残念ながら、M&Aは「二つの伝説」のトラックに関してはいい仕事をしたとは言えない。LPから板起こししたものをイコライザ処理無しのまま使うべきではなかったか、というのが私の個人的感想だ。本サ イトにある「Wave」はLP からのもので、イコライザ処理はされていない。(2016年3月追記)最近、ベンコーが明らかにしたところによると、数年前、広く知られていたこのアルバ ムのエピソードに若干の誇張が入っていたことがわかった。まず、オールド・ファースト・チャーチのリサイタルを録音したソースが、テリー・マクネイルのカ セットレコーダーの他に、実はもう一つあったこと。それが教会に備え付けられていたWallensakで録音されたリールテープで、実はこちらが LPに使用された。周知のように劣悪な録音ではあったが、遠目のマイクが会場の残響を拾っていることで演奏のスケールの大きさは捉えられている。LPの元 ネタであるWollensakのリールの所在は明らかになっておらず、人づてに確認したところベンコーも把握していない。仮に入手できたにせ よ、非常に薄いテープなので経年劣化が進んでいて使い物にならない可能性が高い。Wollensakテープ由来の録音としては、90分のリサイタルのう ちLPに収められた「二つの伝説」の23分のみが現存していることになる。
これとは別に、90分のリサイタルを全て収めた録音としては、CD-Rという形でコレクターの間で流通していた音源がある。こちらがテリー・マクネイルの カセット録音で、マイクが近いため、よりクリアで音像が大きくなっている。その一方で不適切なイコライジング処理によってヒスノイズが凄まじくなっており、音が非常に不 安定で聴くに耐えない音質だ。しかも、「波間」の最初のコードの一部が欠落しているため、決して良好とは言えないDesmar盤音源に置きかわるものとは 言えない。M&AのCDに採用されたのがこちらである(2015年秋にイコライザ処理を受ける前の音源を入手し、現在、発売のためにリマスタリン グを行っている)。