サイト更新情報
fugue.usは、幻のアーティスト達、忘れられた作品、隠されたエピソードなどに光をあてていく事を目的とした非営利サイトです(営利事業は英国の
レーベルSonetto
Classics によって行われています)。
内容は著作権
によって保護されています。
12.23.2016
日曜日に東京へ一週間の予定で行く予定。今年も後一週間ほどとなったので一年を振り返ってみる。昨年暮れにかかげた2016年の目標は以下の三つだった。
1)ニレジハージのアルバムを一つ発売
2)ノーマ・フィッシャーのBBC録音を一つは出す
3)5月にはJK-Artsと共に、アンジェロの日本公演を成功させる
このうち実際に達成できたのは(3)のみ。(1)に関しては半分達成。これはニレジハージ・アーカイブの入手という大きな出来事が6月にあり、アーカイブ
内にあるテープが使えるかどうかを確認するために、進行中のプロジェクトを一時凍結する必要があったためだ。(2)については、現在も進行中で、BBCと
法的なことを話し合っている最中。
目標は一つしか達成できなかったが、センチュリー・クラブ・リサイタルのCD化は制作がスタートしているし、アーカイブの入手で新たなネットワークも作れ
た。また、ベンジャミン・ザンダーや、優秀な若手演奏家が参加したロンドン・マスタークラスのドキュメンタリーを制作したことも将来につながる。アン
ジェロのCD、コンサートともに評判が良かった。トータルで見て昨年以上に収穫の多い一年だったと思う。
しかし、今年一番大きかったことはニレジハージ関連プロジェクトの資金を確保したことだと思う。私は今までニレジハージ関連では「Lost
Genius」の調査活動に始まり、「失われた天才」の日本語版の実現に至るまでに使った金額はかなりの額に上るが、実費も含めて一切のお金を貰っていな
かった(後者に至っては私の企画書が通ったのにも関わらず春秋社の本のどこにもクレジットが入っていない)。今回のクラウドファンディングで、12年間(そろそろ13年間)の活動で初めて
外部からの資金注入を得たことになる。
来年の目標。このうち二つは達成したい。
まず、ニレジハージのセンチュリー・クラブでのライブを収めたCDを予定通り出す。これは最優先課題で、リリースを4月8日より遅らすことは許されない。
そして、できれば秋に、ニレジハージ・ライブ三部作の二作目のクラウドファンディングのキャンペーンを開始したい。現在、オールド・ファースト・チャー
チ・コンサートのWollensakテープを捜索中なので、目的のテープが入手できればオールド・ファースト・チャーチ・コンサートのアルバムになるが、
入手できない場合は、捜索を継続しつつ、フォレスト・ヒル・クラブのリサイタルのアルバムを前倒しすることになる(ニレジハージの最後の録音と組み合わせ
る予定)。順序には拘っていない。
二つ目はノーマのBBC録音の発売。制作資本は確保できるが、法的なものをクリアしないといけないし、曲の選別も終わっていない。
三つ目は、以前から計画していた、「人間の自然に対する根源的恐怖」をテーマにしたコンセプト・アルバムの制作に手をつけること。メシアン、バルトーク、
ピンチャーなど、20世紀、21世紀の音楽が中心となる。私が子供の頃に感じた夜、星、森、風への漠然とした恐怖感や畏怖の念は、人間の原始的恐怖の名残
りと言えるものだと思うのだが、その感覚をアルバムの中で再現したい。目をつけているピアニストは中国の20歳のピアニストで、全くの無名だが非凡な技量
と骨太の構成力を持っている。彼は既にこちらが選んだ楽曲の習得に入っていて、先日、ロンドンで9割方のプログラムを聴かせてもらった。技術的には弾けて
いるので、後は演奏解釈をもっと深めるのみ。あと、まだノートの執筆者や冊子のデザインが決まっていない。上のテーマに合致する絵画や写真が欲しくて、探
し回っているところ。こちらは制作資本は確保できる見込み。
四つ目は、アンジェロ・ヴィラーニに新規レパートリーでのコンサートを開いてもらうこと。イングランド、トスカーナでいくつかのコンサートが出来れば、と思っている。日本公演をやるとしたら2018年かそれ以降になるだろう。
新年までは更新ができなくなります。Facebook 、twitter 等をごらんください。
12.17.2016
ルネ・パーペのウィグモアホールでのデビューコンサートが行われた。断言するが、パーペは絶対に聴き逃してはいけないごくごく少数の現役アーティストの1人である。風邪をひいていたとのことだが、それでも素晴らしい歌声だった。インプレッション はこちら。
12.15.2016
オールド・ファースト・チャーチの録音について、Desmar盤のプロデューサーのグレゴール・ベンコー本人の記憶を確認した。
ベンコー自身はカセットとリールの二種のテープを組み合わせてDesmarの録音を作ったと思っていたようだったが、実際に当時ミキシングを行った
Ward
Marston(Marstonレーベルの創始者)によれば使ったテープは一種類だという。Terryのテープには「小鳥」の最初に明確なスクラッチノイ
ズがあるので、Chris BurtのWollensakのテープがDesmar LPに使われたことは疑いがない。
Chris
Burtのテープが手に入ったらMarston本人がエンジニアとして関わりたがっている、ということも書いてあった。今ならもっとうまくやれる、という
ことらしい。当然、もし、テープが入手できれば声をかけることになるだろう。歴史録音のリリースで信頼感をもたれているMarstonと組むというのは
Sonettoとしても悪いことではないと思う。
ベンコーとは今年ロンドンで会う予定だったのだが、先方の都合で延期となった。来年会った際にいろいろなことを話し合うこととなると思う。
前も書いたが、今、ニレジハージ関連は今やSonettoが中心になって動き始めている。というか、Sonettoがバラバラになった衣服をつなぎ合わせ
ている。自然にそうなるだろうと思っていたが、本当にそうなってきている。ニレジハージ関連の人物は仲が悪く、人間関係の問題で今まで物事が進まなかっ
た。私はほぼ全員とうまくやっていけているし、10年間のfugue.usの活動を通じて信頼感も出てきており、他の人が出来ないことが出来るようになっ
てきている。
来年はディヌ・リパッティの生誕100周年でニレジハージの没後30周年。リパッティ研究家の友人のマーク・エインリーには「お互い、忙しくなるといい
ね」と書き送ったけれど、きっと忙しくなるのは向こうばかりだろう。それでも小さな波は作り続けていくつもりだし、来年はその波が多少なりとも大きくなっ
ていって欲しいと思う。雑誌などに特集の要望を出していただけるとありがたい。
12.11.2016
1973年5月6日、オールド・ファースト・チャーチで行われたコンサートは二つの機材で録音されている。聴衆の1人だったテリー・マクネイルによってSonyのポータブルカ
セットレコーダーで行われた録音。そして、教会のメンバーだったクリストファー・バートによって行われたリールによる録音だ。
話においては前者ばかりが有名で後者の存在は長らく知られていなかったが、実はDesmerのNyiregyházi Plays
Lisztに収録されていた「二つの伝説」は前者ではなく後者の録音である。マクネイルのカセット録音は長らく世に出なかったが、2007年、Music and
Artsより発売された二枚組CDにごく一部が収録された。しかしながら、これは劣悪なリマスタリングを受けた状態で出されている。Sonettoが発売
を計画しているのはリマスタリングを受ける前のものである。
先日、リール録音を行ったクリストファー・バートと連絡がつき、当時の様子を教えてもらった。以下にそれをまとめる。ケヴィン・バザーナも彼とは連絡をとっていなかったようだ。
1)
録音は教会のバルコニー前列右側に置かれたWollensakの家庭用の録音機材で行われた。当時、教会での演奏会は通常は録音されていなかった。ニレジハージの演奏会に関しては、教会でコンサートを統
括し、かつニレジハージの友人だったハンガリー人のジョン・ボドの私的な頼みで録音が行われ、テープは演奏後にニレジハージに渡された。
2) 当日のピアノはボールドウィンの9'コンサートグランドで、近くのコンサルヴァトワーレから寄付されたピアノだった。誰も好んでいなかったが、後にニレジハージは幸運を呼ぶピアノとしてスタジオ録音でもスタジオ内に持ち込ませた。
3)
バートは教会のコーラスに携わっており、プロのエンジニアではなかった。ただ、若いスタッフで比較的技術に明るいということで録音を頼まれたのだという。彼は後
により本格的な機材で録音を手がけるようになり、教会でも指導的な地位に付き、度々、教会のプレジデントとして活動しているという。
バートが録音したリールテープだが、どういう理由からかニレジハージの手を離れ、2013年に亡くなった教会のDirector of Musicの手に渡ったところまでは把握している。現在、彼の家の倉庫を探してもらっている。
12.7.2016
当初、ニレジハージのアルバムの発売日を没後30周年記念にあたる4/13に設定し、ケヴィンに制作スケジュール報せたところ「命日は4/8だよ」。確認
するように言ったところ、「8日で確実。Wikipediaを見てLost
Geniusをチェックしなかったのか?」との返事。英語版Wikipediaは日本語版と比較して記述が客観的で正確なこともあり、つい書いてある日付
をそのまま使っててしまった。ということで、発売日は4/8に変更。
12.2.2016
昨年のチャイコフスキー国際コンクールで聴衆の支持を受けたLucas Debargueの来日公演が行われ、一部で評判となっているようだ。
彼のデビューアルバムはレコード芸術の同じ巻でアンジェロのアルバムと並んで特選盤に選ばれた(まだ聴いていない)。動向は気にはなっている。天才然とし
た佇まいや略歴で言えば、メジャーレーベルやメディアが注目する要素もあると思う。ただ、昨年の7月にも2度ほど触れているが、私自身は演奏に内在するパ
ルスの弱さから来る骨格の脆弱さをコンクールでの演奏に感じたこともあり、現段階ではかなり大きな疑問符がくっついている状態。彼は来年の6月にウィグモ
ア・ホールに登場するので、それをまず聴いてみたい。
12.1.2016
キャンペーンは昨日終了。Kickstarter経由で目標額を越える4000ポンド以上があつまり、さらに直接振込で1500ポンド程度の調達ができる見込みとなった。まだ全てのコストが回収できるわけではないにせよ、一連のプロジェクトを進める上で 大きな成功を収めたと思う。
Honorary Executive Producerに2人、Sponsorに3人が決まった。この5名の名はアルバムにクレジットし、The International Ervin Nyiregyházi Foundationにも報告する。
バ
ザーナ共々12月1日より作業を少しずつ開始し、振込が完了する12月中日に本格的に制作を始動させる。年末帰国時に日本盤発売の計画をJPTと話し合う
と同時に、日本にまだ一部残っているアーカイブを英国に移管させ、CD冊子に使う写真等の選別を行う予定。よほどのことがない限り、問題なく3月末日まで
には完成できると思う。ニレジハージの命日が4月13日なので、発売日をそこに合わせることを目標としたい。
Kickstarterでのキャンペーンは終了したものの、引き続きpaypalや口座振込による資金提供はまだ受け付けています。Rewardsは下の広告と同じものを提供いたします。
https://www.kickstarter.com/projects/424002215/lost-genius-nyiregyhazi-live-at-century-club-of-ca?ref=user_menu
11.30.2016
「I Want to Be a Prima Donna」は長編でしかも英語なので、見どころだけいくつか紹介。
1:06 --
2012年のBBCヤングミュージシャン・オブ・ザ・イヤーの受賞者、Laura van der
Heijdenによる演奏。この賞は過去ベンジャミン・グロヴナー、ニコラ・ベネディッティ、フレディ・ケンプなどが受賞しており、英国内での注目度は非常に高く、若手の登竜門とみなされている。
このフランク、本人はあまり気に入っていない演奏とのこと。私ももっと伸び伸び弾けると思う。だが、我ながら構図が力強いと思うし、絵的に一番よく撮れたと思ったので、
オープニングとして使った。これは撮った時から決めていた。
25:25 --ベンジャミン・ザンダー:学生に「もっとロシア風コーラス」「コサック風に」と行進する真似をし、しまいには聴衆全員を立たせ、歌わせながらオーケストラの周囲を行進させる。ザンダーのクラスは愉快で、50:35 でも聴衆の学生が立ち上がって歌いだすシーンがある。この時指揮をしたCarlos Agredaも強く印象に残る才能だった。
54:45 --
ヴァイオリンクラスの最優等生Kelly Talimが、音を出しつつ楽譜のページをこっそりめくる方法をパウクから教わり、本番のコンサートでそれを実行して、ニヤっと笑う。
このシーンはリハ、本番、本番後のインタビューと全てがうまくつながるという、ドキュメンタリー的に理想的な展開だったこともあり、一番最初に作った。ちなみにKellyは米国籍だがお母さんは日本人で、本人も完璧な日本語を話す。
57:29 --
-もっとも素晴らしかった生徒2人のうちの1人、Margarita
Balanasによるラフマニノフのソナタ。歌心とスケールの大きさが図抜けている。58:00の音の変化など、テナー歌手のファルセットのようにデリ
ケート。すっかり惚れ込んだ。演奏後、「なんかジャクリーヌ・デュ・プレみたいだね!」と言ったら「皆にそう言われるの。でもそのようでありたい」と笑っ
ていたが、実際、優秀な生徒ぞろいのチェロクラスの中でも光っていた。さらに伴奏のSimon
Parkin。チェロ・クラスの伴奏を担当したピアニストだったが、音のパレットが豊かでリズム感もよく、素晴らしかった。
1:11:27- --
もう1人がソプラノのEstibaliz
Martyn。豊かな表現力といい、コントロールといい、美声といい、すでに完成されている。ヴォーカル・クラスの生徒が口を揃えて、「彼女がベスト」と
褒めていたが、彼女の力ならどこのオペラハウスにも出られる。実際、現在マドリードで大ヒット上演中のミュージカル「ドン・ファン 」のヒロインに抜擢されており、スペインの大手メディアで連日カバーされている。早くから彼女の歌をエンドクレジットに使うことに決めていた。「I want to be a Prima Donna」というタイトルはこの歌の題名からとっている。
11.29.2016
2016年に行われたロンドン・マスタークラスの長編ドキュメンタリー「I Want to Be a Prima Donna」を公開した。ノーマ・フィッシャー、ラルフ・カーシュバウム、ジョルジ・パウク、ネリ・ミリチオウ、ベンジャミン・ザンダーらが登場している。
VIDEO
11.29.2016
キャンペーンは残り24時間に突入。今回、とりあえずは成功裡に終わりつつあることを喜びたい。
11.20.2016
めでたく目標額に達成した。あと9日キャンペーンは続く。目標額は最低限必要な額なので、今後のプロジェクトのためにもぜひご参加していただければ、と思
う。
このキャンペーンを通じてCDを購入した場合、二つのメリットがある。
1)
日本市場より確実に数ヶ月早く入手できること。ヴィラーニのアルバムを例にとれば、英国発売が12月末日で、日本での発売は3月−4月だった。これは輸出
輸入にかかる時間の他、代理店側でCDに帯をつけるなどの手間がかかるためである。ニレジハージのアルバムは現在の予定では3月英国発売を目標にしている
ため、日本での発売は早くて夏になると思う(もう一つ付け加えると、まだ日本の代理店と交渉していない。日本盤を出すかどうかを12月の帰国時に話し合っ
て決めたい)。ちなみに、日本語解説は原盤にもつくので、その意味でもこのキャンペーンを通じてCDを得るのが早くて確実だと思う。
2)
プロジェクトに関する内部情報が得られること。キャンペーンに協力していただいた方に限り、Sonetto
Classicsで進行中のプロジェクトや、ニレジハージ・アーカイブに関する裏話等をアップデートとして提供している。ニレジハージ注釈のロ短調ソナタ
の楽譜についてもすでに写真入りで紹介した。
11.20.2016
ロンドンの著名な音楽ジャーナリストで作家のジェシカ・ドゥシェンがニレジハージのクラウドファンディングキャンペーン に関してブログ に書いてくれた。キャンペーンはあと9日しかないが、これが追い風になると良いと思う。ジェシカのブロ
グの読者は世界中にいるので。
さらに、ジェシカは20世紀前半に登場したピアニストたちに焦点を絞ったコラム を書いていて、そこでもニレジハージに触れている。フェイスブックに書いていたが、彼女はまだ「失われ
た天才」を読んでいないものの、アーカイブに関する私の活動をずっとフォローしている、とのことだった。
---とここまで書いて、突然、クラウドファンディング成功のお知らせ。全体の約半分にあたる大口資金が
入り、一気に終了。
19日にRoyal Over-Seas
Leagueでアンジェロが弾いた。ピーター・ドハーティという富豪の50歳の誕生パーティが貸切で行われ、著名な画家であるAfshin
Naghouniが作品を展示し、アンジェロが「ダンテ・ソナタ」「トリスタン幻想曲」「ディドーの嘆き」を弾いた。撮影している際、客席から「ひいっ」
という泣き声のような音がしたので気のせいだと思っていたら、実際にピーターの娘のピアノ教師が号泣していたらしい。彼女は演奏が終わったあと、アンジェ
ロに「生涯で最高の時間だった」と告げたのだそうだ。ダンテ・ソナタは終了と同時に雄叫びのような声が客席から上がり、全員が立ち上がって拍手を送った。
すごい反響だった。
コンサートのあとは友人の招待で会員制のワインバーへ。客は我々5人のみ。朝3時まで貸切状態で飲んだ。
11.16.2016
先週の土曜日、ロンドンの友人宅でアンジェロ・ヴィラーニの五十歳を祝うパーティが行われた。主催者は映画音楽の作曲家で、自宅(豪邸)に素晴らしいスタ
インウェイを持っている。弾いたのは以下二つ。誕生パーティにふさわしい曲とは言えないが、本人の強い希望である。
Liszt: Mosonyis Grabgeleit (Mosonyi's Funeral Procession)
Wagner/Liszt/von Bülow/Villani: Tristan Fantasy
その他、爪弾く感じでフランクの「前奏曲とフーガ、変奏曲」から前奏曲と、ブラームスのラプソディOp79-1を弾いた。
今週の土曜日には、Royal Over-Seas
Leagueで行われるとある富豪の誕生パーティでも「ダンテ・ソナタ」等を弾く。私は録音・撮影を頼まれているが、あくまで贈答用に作るので、映像を外
に出すかどうかわからない。
もう一つ。10月の終わりにカドガン・ホールでアンナ・フェドロヴァを聴く機会があった。彼女は最近のノーマ・フィッシャーの愛弟子の中では、おそらくパ
ヴェル・コレスニコフと並んでもっともマーケットで成功した一人だろう。彼女がアップロードしたラフマニノフのピアノ協奏曲のビデオは1000万ヒット近
くを記録している。ノーマは彼女への思い入れが特に深いようで、ことあるごとに私に彼女を聴くように(と言うか、観るように)薦めてきていた。いわく、
「凄い美人なのよ!」。この夜のチケットもノーマの奢りだった。
アンナ・フェドロヴァはプロコフィエフの第2協奏曲を弾いた。技術的にはよく弾けていたし、美しい表情も見せていたが、曲に必要なキレや音のパワーが今ひ
とつで、デモーニッシュな迫力に欠けていた。きっと性格の良い、例えばお付き合いするには良い女性なのだろう。だが、この曲にはもっと狂気や暗い感情が欲
しいと思った。カドガンホールの残響も良くなく、オーケストラがピアノの音を掻き消してしまっていた。同じ非表現主義的スタイルでも、パヴェルの演奏には
完璧なコントロールから来る説得力があったが、彼女にはそこまでの凄みはなかった。少なくとも現段階では。
演奏後、楽屋でノーマがアンナを紹介してくれた。演奏から予想できるように、気取ったところのない性格の良さげな女性だった。本人に後で承諾を取ってか
ら、ノーマとの写真を数枚ツイッターにアップしたら、ロイヤル・フィルの公式ツイッターから「Great
Pictures」とツイートされた。ちょっと嬉しい。
https://twitter.com/rpoonline/status/791216456742699008
11.12.2016
クラウドファンディングに気をとられていて書くのを忘れていた。11月4日から7日まで、アンジェロ・ヴィラーニの五十歳の誕生日を祝うためにボローニャ
に遊びに行っていた。友人総勢15名ほどで旧市街の各ホテルに泊まった。私は料理が出来るようにキッチン付きアパートを借りた。ボローニャを選んだのはア
ンジェロで、アンジェロの親友のPの親戚がボローニャに住んでおり、彼の3人の娘を預けやすいという理由だった。基本的にアンジェロも私も積極的に観光名
所を回る趣味はなくて、食とワインと写真の素材さえ確保されていればどこでも良いのだが、ボローニャは適度に面白く、過度に観光地化しておらず、人が親切
で気に入った。
ボローニャ周辺はトリュフの産地でもある。白トリュフに目がない自分としては、ボローニャ近郊の町サビーニョで行われるトリュフ祭りに是非参加するのが隠
れた目的の一つだった。トリュフ祭りはかなり大規模で、ミシュラン三ツ星シェフも来て料理を提供していた。サビーニョでは大きめの白トリュフと生ポルチー
ニを購入。トリュフは2.5-3cm四方の大きさで値段は32ユーロ。生ポルチーニは100gあたり6ユーロ。
多
めのバター、少なめのガーリックで生ポルチーニをソテーし、アルデンテのフィットチーネに茹で汁少量とともに絡めて白トリュフのスライスをかけるだけで、
どのレストランにも負けない最高のパスタが完成する。白トリュフの風味を存分に味わいたいのなら、ガーリックもポルチーニもいらない。
写真に興味のある方はこちら から。
と
ころでボローニャで出た話だが、来年の夏、フィレンツエで行われる音楽祭にアンジェロが参加するかもしれない。トスカーナの友人宅に皆で泊まるという話が
具体化している。4月にコペンハーゲンでも弾く予定だが、こちらは私は行くかどうか決めていない。それと、来週、ロンドンのRoyal
Over-Seas
Leagueを借り切って行われるとある富豪の誕生パーティで弾く。誕生日のプレゼントとして贈る映像のために撮影・録音するが公開するかどうかわからな
い。
11.9.2016
現在クラウドファンディングでキャンペーン中のNyiregyhazi Live at
Century Club of Californiaの概要についてもう一度解説しておきたい。Kickstarterの広告は日本語版がないので。
https://www.kickstarter.com/projects/424002215/lost-genius-nyiregyhazi-live-at-century-club-of-ca
このコンサートは長く引退状態だったニレジハージが復帰の最初の公演として行ったもので、「二つの伝説」で有名なOld First
Churchでのコンサートの半年前にカリフォルニアのクラブで行われている。録音はおそらくプロかセミプロ級の技師が関わっており、ピアノ、録音ともに
晩年のライブ録音の中では最良のものに属する。いままで、一部がM&Aから発売されたことがあるが、今回使用するテープはニレジハージが所有して
いたもので、M&Aのものをはるかに上回るプレゼンスとクオリティを保っている。マスターテープではないが、おそらくプロの手によって制作された
と思われる初期コピーだろう(マスターテープは見つかっていないし、あったとしてもきちんと保管されていたという保証はない)。
Kickstarter
のビデオの中で、アビーロードスタジオで撮影されたシーンではアンジェロ・ヴィラーニの「凄い音だ」という嘆声が記録されている。その場にいた私もリアル
で瑞々しい音で驚いた。ただし、ショパンの楽曲で数分間に渡って左チャネルに音ユレがあるため、その箇所はそのまま残し、同時に同じ箇所については
M&Aで使われたものと同じものをボーナストラックとして収録する予定。
デジタル・トランスファーはアビーロードスタジオが行った。デジタル・リマスタリングはヴィラーニのCDで一緒に働いたRepeat
Performance
Mediaと私が担当する予定だが、もともとの音が良いのであまりやることはないかもしれない。ライナーノーツはケヴィン・バザーナで、彼としてもニレジ
ハージ関連では久しぶりの執筆となる。日本語訳を入れる予定。さらに、今回のプロジェクトは、キャンペーンから販売に至るまで、ニレジハージの遺産を管轄
するオランダの国際ニレジハージ協会からの全面的な承認を受
けており、完成したCDを50巻寄贈する約束をしている。つまり、このアルバムは公式リリースと言えるものとなっている。
すでに何度か触れているが、ブラームス第三ソナタのアンダンテが本当に素晴らしい。瑞々しく質感のあるピアノの音色といい、柔軟で薫るようなフレージング
の妙と
いい、ニレジハージの最良の遺産の一つと言って過言ではないと思う。収録曲によっては「メフィスト・ワルツ」のようにカオスとなっている演奏もあるが、相
対的に見て、彼の晩年のライブとしてはもっとも普遍性の高い内容になっているのではないかと思う。昨年からOld First
Churchの録音を準備していたが、テープの音質、特にブラームス第三の「アンダンテ」を聴いてこのアルバムを第一弾として出すことに決めた。是非、こ
の演奏を優れた
音で聴いていただきたい。
資金提供のお礼
(Rewards)について
読者から質問があったこともあり、Rewardsについても簡単に解説。
2xCD ownerや3xCD ownerというのは、同じアルバム複数、という意味である。もし希望する方がおられれば、一枚を「Angelo
Villani plays Dante's
Inferno」のヴィラーニのサイン入りにすることは可能なので、その際はKickstarterのメッセージにそう入れていただければ(あるいは
info@sonettoclassics.comにメール)、対応できます。
"A 19-page booklet entitled "Nyiregyházi and Takasaki Art Center
College".
というのは、高崎短大が制作した非売品の冊子のことで、きちんと作りこまれたもの。高崎のアーカイブから出たもので、それを一部お分けする形となる。
A copy of "Lost Genius: The Story of a Forgotten Musical Maverick"
signed by Kevin Bazzanaというのは、「失われた天才」の原著「Lost
Genius」の米ペーパーバック版で、新品状態でケヴィン・バザーナのサインが入っている。彼は自宅にあるストックの大部分を提供してくれた。
One copy of "The Messengers of Peace, Vol. 1"
は、東芝EMIから発売された完全限定版の「平和の使途たち」というボックスLP。中古が希少盤として高額で取引されている。今回、1000ポンドの貢献
をして
いただいた方に、エグゼクティブ・プロデューサーのクレジットなどを含む他の特典とともに、このボックスLPの新品をお渡しする。今回出すのは二部のみ。
制作に関わった高崎短
大のアーカイブに所蔵されていたもので、冊子入り。新品となるとまず出回っておらず、現時点での入手はまず不可能に近いと思う。また、このボックスLPは
冊子を含ま
ないものの中古が1万円程度で取引されているが、同時に冊子無しの新品のものも650ポンドのカテゴリーで他の特典とともに提供している。
その他、未発表写真、未発表楽曲のスコアなど、金額に応じて様々なオプションを提供している。Performerというカテゴリーに関しては、購入した方
のみに限り、ニレジハージ作品のコンサートでの演奏時の著作権のクリア等も無料にできるようにします。
あくまでプロジェクト制作の資金調達のためにこういったもの
を提供しており、当然ながら、会社に売却益が回ることはない。3500ポンドも、実は制作にかかる金額を完全に回収するものではなくて、まだ当面は赤字で
ある。
さらに、このプロジェクトに参加してよかった、お金を出してよかった、と思って
いただきたいので、 資金提供をしていただいた方のみにアップデートという形でこ
のサイトにも書いていないような内部情報の提供を行うつもり。ここ2回はニレジハージのリストロ短調ソナタについて写真入りで、現在進行形のプロジェクト
をご紹介していく予定。
11.2.2016
今朝、ニレジハージを再発見したプロデューサーのグレゴール・ベンコーからメールが入った。ある打診を婉
曲的な表現で受けたが、どうするかは彼が何を求めているかの細部を訊いてから慎重に決めたい。
10.31.2016
ニレジハージの1972年センチュリークラブでのライブ録音を収めたCDアルバムの制作のため
のクラウドファンディングを開始した。予定している三部作の第1作目となるので、このアルバムの成功が鍵。
https://www.kickstarter.com/projects/424002215/lost-genius-nyiregyhazi-live-at-century-club-of-ca
10.27.2016
ニレジハージは
1929年公開の「Fashions in
Love」(アドルフ・マンジュー主演)の映画のサウンドトラックを弾いている。そこから抽出した「黒鍵のエチュード」の演奏をyoutubenにアップ
した。この演奏は完全な楽曲を収めたアコースティック録音(非ピアノロール録音)としては最古のものに属する。彼の全盛期を収めた貴重な録音だ。
VIDEO
10.11.2016
月刊「ショパン」9月号にアンジェロ・ヴィラーニのムジカーザ公演の評がでていた。以下、終結部のみ引用。
........ヴィラーニの演奏は強弱や音色のコントラスト、千変万化する語り口と非凡な表現が印象的。重厚かつダイナミックで豊かな響きと密度の濃い
劇的演奏の中に作曲家達の息遣いが伝わり、ヴィラーニの心の声をも聴く思いにさせた(横堀朱美)。
ジョージアのピアニスト、ルカ・オクロスが香港国際ピアノコンクールで優勝した。ルカはノーマの愛弟子で何度も会っているし、ノーマとの練習の写真を撮っ
たこともある。ロシアン・スクールらしい骨太で力強いピアノを弾く。昨年、ホセ・イトゥルビコンクールの優勝、今年モロッコ・フィル・コンクールの優勝、
とすっかりコンクール・ハンターになりつつある。ゆくゆくはチャイコフスキーやエリザベト国際にも挑戦していくのだろう。コンクールについてはまたの折に
書いてみたい。
10.8.2016
クラウドファンディング・キャンペーンはオランダのニレジハージ協会からの返事待ちの状態。既にオールド・ファースト・チャーチのコンサート録音について
はリリースのオーソライズを得ているのだけれど、あと二つのコンサート録音に関するオーソライズをもらえるように頼んでいるところ。スミット氏とは
2006年以来の付き合いなので問題なく話が進むと思う。キャンペーンのビデオ広告は既に完成していて、オーソライズを貰えれば3日以内に開始できる。 問題はそれがいつ
になるか。著作権保持者である会長のスミット氏はモダン・テクノロジーを拒否している人で、メールどころかワープロさえ使わない。手紙のやりとりになるの
でどうしても時間がかかる。
ケヴィン・バザーナは既に三つのアルバムのCD冊子の文章を書き始めており、「指定の文字数では言い切れない」と書いてきた。内容が充実しているのは結構
なことだ。日本語訳をつけなければいけないので、11月までに欲しい、とは言ってある。さらに、クラウドファンディングにお金を入れてくれた人へのお礼用
に、とLost Geniusのサイン本を20冊送付してきた。一部はニレジハージの映画制作の打診・根回し等にも使う。
資金調達以外の準備は進んでいる。
10.7.2016
ニレジハージの親友であり、晩年の活動の最大の協力者の1人であったリカルド・ヘルナンデスが、ケヴィン・バザーナの口利きでSonetto
Classicsに全面協力してくれることとなった。彼の自宅で録られたニレジハージの最後の録音のマスターであるカセット・テープをSonettoに寄
贈。これはトランスファーして来年か再来年に制作予定の三番目のアルバムのボーナストラックとして収録したい。
もう一つ、寄贈してくれるのがアントニオーリ家で行われたホームコンサートのテープで、これには未発表のトラックも含まれる。彼は今年で84歳ということ
もあって、テープをこのまま朽ち果てさせたくないのだという。Sonetto Classicsのプロジェクトについて大変興奮しているとのこと。
返
礼として、ヘルナンデス氏に手紙やSonettoプロジェクトの概要、ニレジハージ・エディションのリスト・ソナタの楽譜の一部と、アンジェロ・ヴィラー
ニ・プレイズ・ダンテ・インフェルノを送った。後は資金調達を進めるだけ。クラウドファンディングを開始していないため、現段階は自分のポケットマネーだ
けでやっていて、それがかなりの額になっている。私が地下鉄の駅で寝るようなことにはならないようにしないといけない。
10.3.2016
所用でブダペストに行っていた。リスト博物館にも行ってきた。「ダンテ・インフェルノ」を二枚寄付したら喜んでくれた。
ところで、今年はミラノ・スカラ座の監督を務めたジャナンドレア・ガヴァッツェーニの没後20周年にあたる。スタジオ録音が少ないために忘れられていると
ころがあるが、イタリアオペラにおける個人的な好みでは、録音に恵まれていたが最盛期を過ぎていたところがあるトゥリオ・セラフィンや、音作りがドイツ的
でフレージングが時として曖昧模糊とするカラヤンよりもずっと好きだったりする。
ガヴァッツェーニの特徴はスケールの大きな音楽作りと、色彩感豊かな音作りだ。 お
おらかで悠然としつつも響きに室内楽的な透明感があり、イタリア的な輝かしいカンタービレも十分で、締めるべきところはきっちりと締めてくる。音楽をむや
みに追い立てたり、これ見よがしなデフォルメをやらないために見過ごされがちだが、イタリアオペラの指揮者として理想的な人だったと思う。
スカラ座ではマイナーなオペラを積極的に取り上げており、音質は劣悪ながら多くのライブ録音が残っている。一方でメジャーなオペラのライブ録音は意外に多
くな
い。ニルソン、コレルリ、ヴィシネフスカヤとの「トゥーランドット」、バスティアニーニとの「リゴレット」あたりが有名どころだろうか。スタジオ録音で名
盤として知られているのは、デル・モナコ、テバルディ、バスティアニーニ、コッソット、コレナといった強力な歌手陣をそろえた「アンドレア・シェニエ」
で、ここでは名歌手とオケを統率するガヴァッツェーニの指揮ぶりが堪能できる。「ある晴れた日の朝に」のpiove va l'oro il
soleの箇所の弦楽セッションの煌くような響きを聴けば、ガヴァッツェーニの卓越した力量が分かると思う。バスティアニーニの「国を裏切るもの」でも、
バスティアニーニの素晴らしい声と巨大なフレージングをさらに包み込むようなスケールの大きな指揮ぶりだ。そして統率力。全曲のどこを聴いても、大歌手達
に自由にやらせているようで、実はガヴァッツェーニが手綱を握っているのがわかる。
デッカは50年代、綺羅星のような名歌手達を抱えていた一方で指揮者の顔ぶれは大きく見劣りした。アルベルト・エレーデ、フランコ・カプアーナ、モリナー
リ・プラデッリといった、どちらかというと歌手に合わせてしまうような微温的な指揮者達のもとで数多くのスタジオ録音を多く作った。ガヴァッツェーニのよ
うな大才を積極的に使わなかったのは当時のプロデューサー達に聴く耳が無かったのか、あるいは指揮者の役割を軽視していたか。デッカは歴史的名盤を作る
チャンスを多く逃していた気がする。
9.20.2016
ロイヤル・フィル70周年記念ガラコンサートがロイヤル・アルバート・ホールで行われた。出演者はデュトワ、ズーカーマン、アルゲリッチ。残念ながら音響
特性のためかピアノの音がよく聴こえず、そのせいもあってアルゲリッチの技量の衰えを感じた一夜だった。レビューはこちら 。
9.6.2016
先週の日曜日にアビーロードスタジオに戻った。Century
Clubのテープに音ユレがある箇所が一箇所あり、別のコピーでその箇所が正常であればトランスファーするつもりだったが、残念ながら別コピーでも音ユレ
が確認された。コレクターの間で流通している録音全体的には劣る録音だったが、この箇所に関しては音ユレが無かったはず。音ユレの箇所はそのままとし、
ボーナストラックとして複数楽曲のみ音ユレの無いバージョンを加える方針で行くこととした。
仕事が予想外に早く終わってしまったので、日曜日でガラガラだったこともあり、エンジニアのジェド(ワーナーのマリア・カラス・リマスターに関わった)が
スタジオ内を案内してくれた。まず、ピンク・フロイドが使っていたスタジオ1。ソファもあり、かなり広々としたミキシングルーム。その一方で演奏する部屋
は、天井は高いが面積自体は小さい。そしてビートルズのアルバムが生まれたスタジオ2。こちらはミキシングルームは狭く、その代わり、ギグ用のスペースは
広大。ビートルズの時代はトラック数も少なかったら、いろいろな楽器を使って同時録音をする必要があった。そのために演奏スペースも大きい必要があったの
だと思う。「次来たら地下の部屋も見せるよ」とジェド。
いずれにせよ、ここに来ることは、かつてビートルズにのめりこんだ人間にとって特別な体験だ。「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」に地が揺るぐほどの衝撃を受
けた高2の自分に「将来、アビーロードスタジオに行って作業するんだよ」と教えてあげたい。
写真は以下。
https://www.facebook.com/sonettoclassics/
9.2.2016
このサイトの更新頻度が減っているが、写真の掲載と更新がしやすいTwitterとFacebookに移行していることに理由の一つがある。どうかそちら
もフォローされたい。Facebookのサイトが一番更新頻度が多いし、写真も載せている。
https://www.facebook.com/sonettoclassics/
https://twitter.com/SonettoClassics
ただ、Facebookはニレジハージとアンジェロに特化しているし、一般向けもあって、あまりマニアックになることは書いていない。Twitterには
字数制限があって大したことは書けないし、写真も載せていない。詳しい情報や正式な発表はこちらのサイトに定期的に書いていくつもり。
アンジェロ・ヴィラーニがNicky Thomas Media Consultancy の
オフィシャル・クライアントになっている。この会社は世界的に影響力のあるプロモーション会社の一つで、パッパーノ、ゲルギエフ、グロヴナー、キョン・
ファなどもクライアントとして名を連ねる。アンジェロは実は特別扱いを受けていて、コンサルタント料も払っていない。社長のNickyがアンジェロの演奏
の支持者で、今回、公式クライアントになったのも、Nickyの一存でアルバム 発
売をきっかけにアンジェロの預かり知らぬところでなされた。彼の演奏は文
字どおり、いろいろな人を動かす。あとは彼が頻繁に舞台に出るだけだ(これが一番難しいのだが)。
8.23に、ロンドンのアビーロードスタジオでニレジハージのアーカイヴからのリール7本をチェックした。Century Club 、Old
First Church 、Forest
Hill のリサイタルのテープで、はっきりとマスターであることが明記されているのはForest
Hillのみ。
音質が素晴らしかったのが Century Club
Recitalのテープで、音楽が流れた瞬間、一緒にスタジオにいたアンジェロ・ヴィラーニが「ワーオ、いい音だ。素晴らしい音だ」と嘆声を放った(その
うち、このシーンが含まれているキャンペーン映像を出す)。もともと、このリサイタルの録音はライブにしては鮮明な音であることは知っていたが、テープに
収められた音は、そのみずみずしさといい、音場の豊かさといい、ダイナミックレンジの豊かさといい、今までに出回ったコピーとは比べものにならない。特
に、ブラームスの第三ソナタの第二楽章の音世界には心臓が鷲掴みになるような感覚を覚えた。この感覚は久しぶりだ。この 第二楽章 はニレジハージの
最良の遺産ではないだろうか。
Old
First Church のリールは良くな
かった。ダビングが繰り返されたものらしく、Sonettoが昨年から作業している音源よりも優れているとも思えない。 Forest
Hill のリールは
Century
clubほどではないにしても、良好なステレオ録音。もちろん、マスターテープだから、M&Aで使われた音源(バザーナ由来)よりも優れている。
ただし、 Century Club
Recitalの第三巻に10分ほどワウがみられた。運の良いことに、アーカイブには完全に同音質のコピーがもう一組存在する。おそらく、ニレジ
ハージに渡すために、発見されていないマスターテープから続けざまに2コピー作られたのではないか(あるいは両方ともマスターテープで、レコーダーが現場
に2台あった可能性もある)。明日、日曜日に、二番目のコピーの第3巻のみ再トランスファーのためにアビーロードスタジオに戻る予定。ワウがマスターに由
来していなければ、破損部分のみ二番目のコピーが使えるはずだ。
一連のテープの音を聴いて、 Century Club
のリサイタルを一番最初に出すべきだと感じた。それだけ、音にインパクトがある。バザーナも賛成。計画変更を決めて、提携している著作権保持者のオランダ
のニレジハージ協会にも協力要請の手紙を昨日だした。
8.15.2016
アンジェロ・ヴィラーニ・ダンテ・「インフェルノ」の録音セッションから一周年が過ぎた。
日本公演の際、複数の方から「あのCDはいい音がする」「ヴィラーニの生音と同じ音がする」という声を頂いた。それもその筈で、録音は多くの名録音を行っ
た著名なエンジニアのトニー・フォークナーが行った。セッションに持ち込まれたマイクはノイマンのマイクで、RCAの伝説的エンジニアのルイス・レイトン
が使っていたもの。ハイフェッツ、ルービンシュタイン、ライナーの録音で使われたものと同じものだ。マイクが古いせいか、左チャンネルにごくわずかにヒス
が入っているものの、トニーらしい、自然で情報量の多い録音だと思う。
ただ、トニーと我々は編集段階で意思疎通のトラブルを抱えてしまった。こちらの指定通りの編集がなかなか行われなかったのだ。サウンドに関しても、ハイペ
リオンで聴かれるようなモダンで見通しの良
い音を好む彼と、重厚で密度の濃いLP的な音を求めるこちらの間に大きな開きがあり、互いに歩み寄る気配さえなく、無駄に2ヶ月が過ぎた。結局トニーは
降板し、彼の要望でプロモーションでもクレジットでもトニーの名前を抜いた。トニー、私、アンジェロ、ブルーノ・トレンスの4人で写ったCD冊子の写真
も別のものに差し替えた。
トニー降板の痛手は無かったし、ホッとしたところさえあった。単に意思疎通の難しさと意見の対立でプロジェクトが停滞していただけだったので、トニー降板
後は一週間あまりで全てがスムーズに終わった。編集はもともと私が確
認した上でトニーに細かい指定を送っていたから、後は自分がそれを高解像度の録音でやるだけ。これも1−2日で終わった。リマスタリングについては、アン
ジェロの婚約者の友人である非クラシック系のエンジニア、アンドルー・ホルズワースを起用した。「君達の眼前で言うとおりリマスタリングをやる」とのこと
だったため、クラシック音楽の経験の無さは問題にならなかった。アンドルーの家に2−3日通い、マイケル・グロヴァーらの意見も取り入れつつ、微調整を行
いつつリマスタリングを決定していった。
個人的に目標としたのは、マイクからの音をそのまま入れるのではなく、実際に私がステージ上で感じた響き、アンジェロがピアノで聴いた響きをできるだけ再
現す
ることだった。例えば、トリスタンの最終テイクではアンジェロは私にステージ上にいてもらうように頼んだ。その方が気合が入るとのことだったため、私はア
ンジェ
ロと対面するような形でカメラを回し、ステージの上に胡坐をかいて座った。その時に腹に響いた音、地響きがするような感覚を再現したいと思った。マイクが
いくら
優秀でも地面が揺れる感覚までは捉えきれない。それでも最終的にはほぼ満足の行く音になったと思う。
あのアルバムを
「トニー・フォークナーの録音」とは呼べないし、呼ぶべきでもない。元の録音は確かにトニーがやったが、最終的に
CDに入った音は彼とは関係ない。あのアルバムにサウンド・エンジニア(トーン・マイスター)の名が一切記載されていないのはこういう経緯があったため
だ。
8.11.2016
ロンドン・マス
タークラスの ドキュメンタリー
の制作が進行中。ノーマ・フィッシャーに一部を見せたら大変気に入ってくれた。
ロンドン・マスタークラスの講師たちはいずれも個性的な指導法で撮っていて面白かったが、とりわけ印象に残ったのがチェロのラルフ・カーシュバウム。他の
講師たちに関しては、生徒の演奏の問題点を指摘する言葉をこちらが予測できた。ただ、カーシュバウムの指摘だけは現場でわからないことがあり、あとで録音
を聴いてなるほどと思う、ということが幾度かあった。
その一方で、奇をてらったことは言っていなかった。呼吸をすること、音色やアーティキュレーションの細部に気をつけること、パルスを把握すること、普段の
練習からきちんとやること、楽譜に忠実に弾くこと。極めて当たり前で中庸、しかし緻密で粗雑であることをただの一瞬たりとも許さない。彼の演奏と同じで、
例えばジャクリーヌ・デュ・プレのようなチェリストと真逆だ。どのレベルのチェリストでも彼から得られることは多いと思う。一セッションしか参加しなかっ
たのにも関わらず、使えそうな映像素材は一番多くなった。
8.3.2016
週末、
高崎にあったニレジハージ・アーカイブを新しい箱に移す作業を行った。一箱、手書きの書類が大量に整理されて詰められた箱があって、当初は
ニレジハージの手紙だと思っていたのだが筆跡が違う。どうやら、ドリス夫人が伝記執筆のためにニレジハージにインタビューしたものを纏めたメモだったもの
らしい。いくつかの写真をケヴィン・バザーナに送ると、20年前、アーカイブがニレジハージ家から高崎に送られる直前、ケヴィンがシカゴに出向いて大急ぎ
でコピーをとったものと同じメモ類と同じものだという。「Lost
Genius」の骨格となったメモだ。「クリップで留めたメモ類があるだろう。そのクリップは私が留めたんだ」とのこと。
大多数は第三者のメモとは言え、中には未発表の写真が2葉、ニレジハージの直筆のものが16点確認できた。本来はもっとあった筈。どの段階かわからない
が、混乱の最中に抜かれていったのかもしれない。
嬉しかったのは、オールド・ファースト・チャーチとセンチュリー・クラブのリサイタル・プログラムの現物があったこと。私が持っていたのは両者ともコピー
のみだったので。これならばCDのライナーノートに使える。
7.29.2016
7月24日にSonetto
Classics設立一周年を迎えた。アンジェロ・ヴィラーニの「ダンテ・インフェルノ」録音・プロデュース・発売、アンジェロの来日公演なども達成でき
た。自分が一番楽しめる映像制作にも取り組むことが出来ている。初年度にしては上出来の一年が送れたと思う。さらに一周年に合わせて重要な発表がある。
旧高崎短大にあったニレジハージ・アーカイヴの所有権を法的手続きに則って私のもとに移管した。所有権のみならず、現物はすでに英国に移した。アーカイブ
はかつてニレジハージが所有していたもので、彼の遺族によって1996年から旧高崎短大に寄贈されたものと同じものである。オールド・ファースト・チャー
チコンサートのマスターテープ(か初期のコピー版)のリールを始め、ニレジハージのライブ公演のリールが全て揃っている。さらに楽譜、自筆手紙、フィルム
など、その量は膨大だ。ケヴィン・バザーナが寄贈前に記録したリストから失われた品はあるものの、私にとって重要なものはほぼ揃っている。
今回のアーカイブの移管はSonetto
Classicsの骨格を強くする結果になるだけでなく、今後数年の活動の方向性にも影響を与えるだろう(もしダメージが進んでいなければ、だが)。だ
が、それは副産物で、購入の本来の目的はアーカイブの廃棄を避けることだった。今回、債権者の代理人の弁護士の方から連絡を受けたのはアンジェロの日本公
演直前の5月で、創造学園大の跡地が人手に渡るため、6月中に至急購入されたし、とのことだった。迷ったが、アーカイブを救わねば廃棄になる可能性が高
く、
逡巡する時間はあまりなかった。私は2004年からこのアーカイブへの接触を試みていたし、2013年には入札直前まで話が進んでいた。後に述べるよう
に、バザーナや著作権者スミット氏との良好な関係もあり、債権者側としても私がアーカイブを引き継ぐのが一番良い、と判断されたようだ。ただ、私が在英で
あったために実際の移管作業は大変で、とある協力者に大働きしていただいた。諸般の事情から名前は明かせないが、その人物には深く感謝している。
創造学園大の閉校と、それに続く堀越哲二元学長の逮捕に伴うゴタゴタのため、保存状態は最悪。エアコンもない部屋に何ヶ月も、あるいは何年も放っておかれ
た
せいか、リールのケースが濡れているものが何本もあるし、カビらしきものも見える。これからダメージアセスメントを行い、使えないものはケミカルで復元を
目指し、使えるものはSonetto
Classicsからの発売を目指す。
近いうちに、ロンドンのアビーロードスタジオにリールを数本持っていく予定だ。膨
大な数のリールやフィルムの復元やデジタル・トランスファーの資金はかなりかかかるので、それをどうやって出していくかが今後の課題だ。読者からの活動資
金
の提供は喜んで受けるし、リリースしたCDへのクレジットなど、なんらかの形で見返りはするつもりだ
(info(at)sonettoclassics.com)。
ニレジハージの再発見者であるグレゴール・ベンコー、著作権者のマティアス・スミット、「失われた天才」のケヴィン・バザーナ、ニレジハージを日本に招聘
した堀越哲二元学長など、ニレジハージに深く関わった人間はこ
れまでに数人いる。高崎アーカイブが事実上秘匿されていたような状況にあった上、堀越氏以外の人々の間の協力体制も
確立できていなかった。私はマティアス・スミットとケヴィンとは信頼関係で結ばれているし、ベンコーとも敵ではなく、友人を介してだが活動を支持しても
らっている。これからSonetto
Classicsが中心になっていくのが自然なのだろうと思う。当然、私の長年の共同作業者であるケヴィンにもアーカイブのデジタル化などで積極的に協力
してもらうつもりだし、彼は情熱を持ってやってくれるだろう。
実は私は音楽についてはノーマ・フィッシャーのような構造に基づく考えに魅かれる人間で、厳密な意味でのニレジハージ崇拝者であったことは一度もない。ケ
ヴィンも私に考えが似
ている。これについては最近までアンジェロも誤解していたようだが、ニレジハージのリスト演奏には強く魅かれるものの、彼の波長とシンクロナイズすること
より
もしないことの方が多い。その私がいつの間にか、彼の音楽遺産の継承者となり、紹介者になりつつあるのは奇妙とも言える。縁、使命、というのはこういうこ
となのかもしれない。いずれ、先人達と同様に私の役割が終わる時が来るが、それまでは自分ができることはするつもりだ。
7.25.2016
英国情報機関MI6のエージェントが公聴会で、イラクの大量破壊兵器に関するブレア政権のミスリードに関するチルコット・レポートへの感想を問われた。彼
は"Sunt Lacrimae Rerum" と古代ローマの詩人ヴェルギリウスの「エネアス」にあるラテン語の詩句を用いて返答した。
これはエネアスの言葉で、トロイア戦争による無益な破壊や殺戮を慨嘆している。「もの皆涙あり」と訳されるが、ピアニストErvin
Nyiregyháziは「血のような涙」と訳した。そのエージェントの言葉に応答して、報告書を作成したSir John
Chilcotが「tendebantque manus ripae, ulterioris
amore(未来の岸辺に向けて手を組む)」と同じ「エネアス」の詩句をラテン語で呟いて休憩を宣言した。
SIR LAWRENCE FREEDMAN: What were your views of the final report of
Duelfer’s?
SIS4: “Sunt lacrimae rerum”,13 really.
SIR LAWRENCE FREEDMAN: Would you like to elaborate?
SIS4: I think it says it all.
SIR LAWRENCE FREEDMAN: All right. We will stop there.
THE CHAIRMAN: “Tendebantque manus, ulteriore amore.”14 Shall we break
for ten minutes?
SIS4: Yes, that would be lovely.
イラク戦争とトロイア戦争を並立させてラテン語の詩句を唱えた本物のMI6スパイは、酒と女と拳銃しか頭にないようなジェームズ・ボンドなんぞよりもよほ
どスマートだ。その詩句に即座にラテン語で応答したイギリス貴族の深い知性にも驚く(こまかい単語が間違っていたという指摘もあるが、本やネットで調べて
言うのは野暮というもの)。
フランツ・リストの作曲したSunt Lacrimae
Rerumは、私が昨年プロデュースしたアルバム、アンジェロ・ヴィラーニの「ダンテ・インフェルノ」の4曲目に収録。この詩句の重みを味わいたい人はご
一聴あれ。
7.21.2016
ロンドン・マスタークラスについてランダムに書いていこうと思う。
声楽指導を担当したネリ・ミリチオウはルーマニア出身の元ディーヴァ。かつてミラノ・スカラ座、コヴェントガーデン、メトなどで主役を張った。全盛時のマ
リア・カラスを彷彿とさせるリリコ・スピントで、歌に王道の手応えがある。だが、彼女の
ピークだった80−90年代はオペラ録音の斜陽期にさしかかっていたせいか録音にはあまり恵まれていない。イタリア・オペラではミレッラ・フレーニの次の
世代の人材の筆頭がレパートリーに限界のあったカーティア・リッチャレルリや、異端児と言えるキリ・テ・カナワだったことを考える
と、ミリチオウがあとせめて10年早く生まれていれば、多くのメジャーレーベルから声がかかっていただろう。全曲録音はマイナーレーベルとナクソス中心の
ディスコグラフィで、一枚、EMIにアリア集の録音がある。今は64歳で、既に現役を引退し、後進の指導で世界中で大活躍している。
ネリの指導は人間工学の知識と経験に基づいたもので、整体師のように顎や首の位置を細かく修正しながら生徒の声を修正していく。既にプロの歌手も参加して
いたのだが、ネリの「整体」によって見違えるように声が変わっていった。もちろん、ディクション、フレージング、感情表現まで一フレーズごとに細かく手を
加える。ノーマの旦那のバリーの話では、過去の声楽講師、例えばジュゼッペ・ディ・ステファノは気まぐれの上に癇癪持ちでいつクラスから消えるか予想がつ
かず、イレアナ・コトルバスは生徒への当たりがキツすぎて生徒が萎縮、クラスの雰囲気は最悪だったらしい。だが、ネリは常に機嫌がよくて笑顔を絶やさず、
生徒達も楽しみながら、音楽的には厳しい指導を受けているようだった。
レッスンの中で、時折ネリが見本のためにフレーズを歌うことがあった。現役ではないとは言え、かつての超一流の片鱗は十分。さすがに高音は掠れることが
あったが、中低域、レジスターの変換の美しさ、声の威厳はほとんどの生徒たちとは比べものにならない。レッスン後に「まだ歌えるのでは?」と問うと、「私
は移民なので、アルフレード・クラウスとは違って国からのバックアップが受けられない。バックアップが無いと64歳という歳では一線では無理」とのこと
だった。
以下でネリが私の撮った写真をツイートしている。
https://twitter.com/nelly_miricioiu/status/755522839130804225
7.20.2016
http://slippedisc.com/2016/07/sudden-death-of-new-york-conductor-pianist-aged-43/
レブレヒトのサイトにLloyd
Arriolaというニューヨークの指揮者・ピアニストの死亡記事が載っていた。Lloydはニレジハージの信奉者の1人で、私がSonetto
Classicsとしての活動を始めた2015年2月頃に「ニレジハージの作品を録音したい」と丁寧なメールを送ってきた。「きちんとしたレーベルでCD
を作るのが夢」ともメールにあった。アンジェロのアルバムで手がいっぱいだったこと、彼のピアノ演奏に確信が持てなかったこともあり、「しばらくは他のプ
ロジェクトで忙しいけれど、将来的なオプションとして考えよう」と書き送った。その後も時々、私のエントリーはチェックしてくれていたようだ。地元のファ
ンに愛された人物で、彼のフェイスブックは急死の知らせで動転するファンたちの悲しみの声で溢れているようだ。43歳、あまりに早すぎる死であった。
7.17.2016
ベンジャミン・ザンダーの一行、無事にアタテュルク空港から出国し、テル・アビブの空港に到着したとのこと。よかった。
7.15.2016
先ほど、数日前に別れたばかりの指揮者ベンジャミン・ザンダーのアシスタントのナサニエルから一報が入った。クーデターが起きたイスタンブールの空港にベ
ン・ザンダーと共にいるらしい。戦車が空港を取りかこみ、戦闘機が空を飛び交っているという。2人の無事を祈りたい。
7.12.2016
ノーマ・フィッシャーがプレジデントを務めるロンドン・マスター・クラスがマンチェスター音楽大学で8日間にわたって行われ、9カ国から60人以上の生徒
が参加した。講師はピアノがノーマ、チェロがラルフ・カーシュバウム、ヴァイオリンがジョルジュ・パウク、指揮がベンジャミン・ザンダー、歌唱がネリー・
ミリチオウ。写真はFBのページに載せている。
https://www.facebook.com/sonettoclassics/
生徒、とは言っても厳選されていて、カーネギーホールで弾いた経験を持つソリスト、著名なコンクールの優勝経験者もいる。チェロ講座は特に粒ぞろいで、ベ
ンジャミン・グロヴナーやフレディ・ケンプを輩出したYoung Musician of the
Yearの2012年の優勝者であるローラ・ヴァン・デル・ヘイデン、ウィグモア・ホールやロイヤル・フェスティバル・ホールでも弾いているマルガリー
タ・バルナス、さらにパリ音楽院のチェロ科の若い教授まで生徒として参加していた。歌唱クラスにいた生徒の一人は「ロンドン・マスタークラスは他のマス
タークラスと比べて生徒のレベルがとても高かった」と話していた。その彼女自身、素晴らしくスピントの聞いた美声の持ち主で、今すぐにでも大きなオペラハ
ウスに出られるような逸材だった。
私は「ノーマの友人の映像制作者」という特権を生かし、各講座、コンサート直前の楽屋、リハーサル会場を自由に出入りし、好きな場所でカメラや録音機材を
回した。関係者によると、過去の講師、例えばイレアナ・コトルバスやジュゼッペ・ディ・ステファノはとにかく気難しくて扱いが難しかったそうだが、今回の
講師陣は撮影にも協力的だったし、特にミリチオウとザンダーはクラスの外でも私にも気さくに話しかけてきた。ザンダーは自身のドキュメンタリーを制作して
いるとのことで、自身の映像クルーを一人だがアメリカから連れてきていた。私も彼の映像の端っこに登場するかもしれない。
ノーマやミリチオウはクラスが終わるとホテルに戻っていったが、ザンダーとは三日間、学生達も交えて一緒に夕飯を食べに行き、いろいろな話をした。どうい
う理由かわからないが海外の弦楽奏者は美女が多くて、今回のマスタークラスも例外に漏れない。ザンダーは満面の笑顔で「あれもこれも美人ばかりで選択に困
るのう」と私にマントヴァ公爵のごとく囁いてきた。77歳ながらいまだに元気のようだ。彼は私の作るであろう映像の内容に興味深々で、別れ際に「すぐ出来
るかね?」「出来たら教えてくれ」と頼んできた。そして「女の子達と写った写真をワシにメールしてくれな」と付け加えて。
歌唱講座の女生徒達4-5人とも夕食に行ったが、そのテンションの高いことと言ったら!タクシーの中で歌い始める、降りる場所を間違えたドライバーにF-
wordで罵詈雑言を投げつける、下ネタを話す、すぐにカメラに写りたがる。エキセントリックでチャーミング、という女性歌手のステレオタイプそのまま
だった。生徒の中では、エスティバリーズ・マーティンというソプラノはヨーロッパのトップA級のオペラ・ハウスの脇役なら今すぐ出来そうだったし、エ
ヴィータ・ペーラカという名のソプラノはA−B級のオペラ・ハウスなら十分主役をはれそうな声の持ち主だった。そして長身のイレーネ・フェルバーグ。ドイ
ツ語の発音に改善の余地はあるものの、グンドゥラ・ヤノヴィッツを彷彿とさせる素晴らしい声の持ち主で、彼女は夜のコンサートでアリアドネを歌った。
一方でピアノ講座の生徒は静か。私とノーマとの関係もあってピアノクラスの撮影時間が一番長かったのにもかかわらず、向こうから交流を求めてくるわけでも
なく、夜飲みに出るでもなく。指揮講座の学生は積極的にかかわってきたが、ピアノ講座の生徒はこちらから話しかけない限り挨拶もしてこなかった。自己完結
型の楽器ということもあって、他の講座に比して他者と関わりあうことにあまり興味がないのかもしれない。さらに、カメラがあることに不満そうだったり、録
音と映像の使用について制約をつけてきたのがいた。他の講座の生徒ではそういうことが無く、教授からこってり絞られた生徒も、その場面が映像で使われるか
もしれないことは一切気にしていないようだったし、むしろ積極的に撮ってほしそうだった。ピアノは内にこもりやすく、自意識過剰に陥りやすい楽器なのだろ
うか。講座別に社交性の度合いをランク付けすると、指揮=歌手>ヴァイオリン=チェロ>>>>>>ピアノといった感じだった。学生の中で抜きんでていたの
が、ローカス・ヴァルントニスというリトアニアのピアニスト。素晴らしいリズム感とタッチを持っている。
今回、ノーマから撮影を頼まれていたのだが、どういう作品を作るかについては、自分の中の仮テーマとして「次回の宣伝用のプロモ映像10分程
度」を念頭に置いて、ノーマにもそう伝えておいた。参加してみると、音楽面が非常に充実しているし、ヘイデンのように未来のスターの演奏も絶好のカメラ
位置で撮れるし、講師の指導法もユニークで面白い。ザンダーのクラスでは聴衆全員が立ち上がって歌いながら行進する、というシーンにも出くわした。そう
いった諸々を経験してみると、もしかしたら45−60分くらいの長編が作れるのではないか、と思った。考えたのは、単に各講座を延々と見せるのではなく、
「パルス」「フレーズ」「悪癖」「基本」「表現」など、個々のテーマについてそれぞれのクラスの映像を次々と嵌め込んでいく、というもの。同時に、生徒の
声(15人ほどをインタビューした)も差し入れていく。ノーマにインタビューして、同じテーマで彼女のコメントも入れていけばいい映像ができると思う。
後、ドキュメンタリー用にいいのが撮れた、と思ったことが一つある。ヴァイオリン講座でジョルジ・パウクのレッスンを受けていたアメリカの日系ヴァイオリ
ニスト、ケリー・タリムが、バルトークのソナタのレッスン中にパウクからページのめくり方のコツを教わる、という出来事があった。開放弦を弾きながら、何
食わぬ顔をして体をひねらして左手で手品のようにソロリと捲るのである。ケリーはパウクの後ろでクスクス笑いながらその方法を練習していた。二日後、ケ
リーは各講座で最優秀の演奏家が出演する最終夜のヤング・マスターズ・コンサートにヴァイオリン講座代表として選ばれ、大ホールでバルトークのソナタを弾
いた。その箇所に来たときにパウクが教えたとおりにページをソロリと捲った際、彼女の顔に、ほんの一瞬だがかすかに笑みが走ったのが見えたのを確認。やっ
た!と思った。これでレッスンと本番が繋がる映像が撮れたからだ。後は「演奏中の笑み」について彼女のコメントを取れば完璧。このシーンは全部繋げても5
分も無いと思うけれど、ドキュメンタリーでもプロモでも使えるいいシーンになる。
7.5.2016
昨年からニレジハージのオールドファースト・チャーチにおけるライブ録音を発売するためのクラウドファンディングをやる、やる、と言いつつ、アナウンスも
せずに引き伸ばしてきた。これには怠惰でそうなっていたのではなく、きちんとした理由がある。先月、数年間の懸案だったオールド・ファースト・チャーチの
コンサートのリール・テープの実物が入手できたのである(現在、英国に輸送中)。マスターテープの可能性があるため、到着次第、アビーロードスタジオで
テープのチェック(レストアも含める)を行い、もし状態が良好であれば現在作業しているCD-R音源と差し替える可能性がある。
明日から、マ
ンチェスターで行われているLondon Master
classesに4日間参加する。このマスタークラスはノーマ・フィッシャーが主宰し、過去ジュゼッペ・ディ・ステファノ、セナ・ユリナッチ、イレアナ・
コトルバス、シェリル・ミルンズ、ロザリンデ・プラウライトといったものすごい面々が講師を努めてきた由緒あるマスタークラス。今年はノーマに加え、指揮
者のベンジャミン・ザンダー、バイオリニストのジョルジュ・パウク、チェリストのラルフ・カーシュバウム、歌手のネリー・ミリチオウといった講師陣が参
加。私は今回はノーマの依頼で映像制作者として参加し、録音・撮影を行う。ビデオ・カメラ二つだけなので限界はあるが、来年のマスタークラスの宣伝用プロ
モくらいは作れると思う。
7.4.2016
昨日はロイヤル・オペラでグリゴーロとディドナートによる「ウェルテル」を鑑賞。インプレッションはこちら 。
そのあ
と、アンジェロ・ヴィラーニと彼の婚約者Zとで行きつけのトルコ料理屋で夕飯。このところ私がずっと体調を崩していたため、日本で別れて以来となった。
話題は英国のEU離脱と、彼のゴッド・ドーターである友人の娘さんの不治の病の話。気分はどうしても重く、悲観的になる。
もう一つの話題はエゴの肥大によって凋落していく演奏家達だった。名前を挙げるのは避けるが、一人は我々が知る人物で、もう一人は一度は一時的にせよ頂点
を極めたピアニストの話。後者はある時期、麻薬に手を出したことがきっかけでキャリアが低迷していった。麻薬に手を出したのも、あまりに巨大に膨らんだエ
ゴと、世界一でなければならない、というプレッシャーにおしつぶされたからだとも聞いている。酷く崩壊した最近の演奏、自己顕示のあまりにコミカルでさえ
あるステージマナーや常軌を逸した言動を見ると、噂は本当なのだろうと思う。
誰しもが厳しい耳を持ちうるオペラ歌手の世界とは異なり、聴衆の審美眼が高いとは言えないピアニストの世界では、往々にしてこういうことが起こりやすい。
イエスマンに囲まれ、厳しい意見に耳をふさぐようになり、次第にかつて自分が持っていた自律心やバランス感覚を失っていくのだ。そして、ただの技量や構成
力の欠陥からくる歪みを「芸術表現」「意図的デフォルメ」と開き直るようになる。この罠に陥るピアニスト達のなんと多いことか。
「今年は変な年だ。アップダウンが大きい」とアンジェロが言ってきたので、「いいことなんかあったかな?」と返すと、「CDの評と日本ツアーだね。あれは
素晴らしかった」と即答。そういえばそうだった。英国のEU離脱の衝撃があまりに大きかったせいか、日本のことも記憶の中に埋没していた。日本を境に右手
の調子も上向きになっているようで、新しいプログラムを模索し始めたとのこと。そして11月に50歳の誕生日を迎えるにあたり、Zとどこかに旅行に行きた
いから一緒に来ないか、とのこと。プラハ、ブダペスト、ヴェニス、マラケシュ、ウィーン、ニューヨークなどが候補に上がっている。ヨーロッパであればソコ
ロフの演奏会と絡めるのも悪くない。
6.26.2016
国政選挙直後から勝利した離脱派市民による移民へのヘイトクライムがSNSなどで数多く報告 されており、そのうちのいくつかは実際に事件として新聞 に
報じられている。確認できたのはまだ一件だけだが、ポーランド系への襲撃事件もあったらしい。こういったヘイトクライムの主な被害者はムスリム、ポーラン
ドやルーマニアからの東欧移民のようだが、インド・パキスタン系や私のような東アジア系もターゲットになっているよ
うだ。バーミンガムのような地方都市だけでなく、ロンドンのインペリアル・カレッジ、コヴェントガーデン、地下鉄、チャリング・クロスなどの中心
街で起きているようで、残留派のイギリス人達に大きな衝撃を与えている。
ロンドンという街は多様性が非常に高く、人種差別とは無縁と思われていた。私自身、8年間のロンドン生活でヘイトクライムに遭遇したことはないと言ってい
い。ただ、例えば地下鉄やバスに乗っていると、私の隣は最後まで空席になる傾向があることと、座る人がいるとしたら有色人種の方が多い、という傾向には気
がついていた(中国人の男性の同僚もこれに同意していた。ただ、アジア人女性にはそういうことはないらしい)。多人種への漠然とした警戒感の表れだと思っ
て特別気にしたことはなかった。むしろゆったり座れるし。
今回、
ヘイトクライムを行っている連中が一夜にしてレイシストになったわけではないだろう。長年抑えられていた差別感情や、外国人への漠然とした警戒感が、反移
民を掲げるUKIPによって主導された離脱派の勝利イコール差別しても良い、ととられて一気に解放されたのだろ
う。もともと、英国は過去の植民地支配を悪とは捉えていないし、他民族への差別はいけない、という教育も学校でなされていないと思う。以前、UKIPのケ
ント
州のリーダーが、カメラの前で「私はレイシストじゃないけれど、黒人は嫌い。顔も鼻の形も気に入らない」と堂々と発言し、クビになったことがある。ヘイト
と意識せずにヘイトをやっているところもあるだけに始末が悪い。
私が今
住んでいるウェスト・サセックスのホーシャムは残留派が僅差で勝利しているが、それでも選挙が終わってからは、気のせいかなんとなく安心して街を歩けな
い気分になっている。近々ロンドンとマンチェスターに行かねばならないので、護身用に作られた傘を購入した。子供の頃は剣道と居合でならしたので、これで
だいたいの襲撃には対処できる。
6.25.2016
英国のEU離脱が決まった。法的に言えば英国議会に決定権があり、国民投票の決定は最終決定とは言えないようだが。
私は選挙権のない永住者だが、気持ちとしては強い残留支持だった。こういう議論が起こること自体狂っていると思っていた。衰退しきった英国は外国人無しに
はやっていけないからだ。例えば私がロンドン大でラボを持っていた頃、直属のポスドクや学生、技官15-20人のうち、イギリス人は1人しかいな
かった。それもソマリアの二世移民である。イギリス人は向上心がないのか、院生レベルでも外国人が多数派だ。製造業も弱体しており、頼みはサービス・
金融業。こんな国がEUという市場を失って強い国でいれるはずがない。また、何事もイングランド中心で物事が進むことに反発するスコットランドはEU支持
派。英国のEU離脱は英国分裂を引き起こすという予測も簡単に出来た。
しかし、英国に根強い帝国意識、中世から続くヨーロッパへの懐疑主義、井の中の蛙的メンタリティ、国際感覚の薄さ、こういったもろもろがEU内でも屈指の
排外主義へと繋がり、UKIPのファラージのようなデマゴーグを育てた。Daily Express、Daily
Mail、Sunと言った「売らんかな」の右派タブロイドの扇動も予想以上に影響力があり、販売数の劣る高級紙や外国の指導者が主張する残留支持の言説や
警告をかき消し、「ただの脅し」として無視する風潮を生んだ。
もし、離脱派の指導者がファラージだけであれば残留派が勝利したと思う。だが、前ロンドン市長のボリス・ジョンソンが今年になって突然離脱支持を言い始め
たことで流れが変わった。彼は一見トランプのような風貌だが、元はジャーナリストで知性も普通の国際感覚もあり、EU離脱の危険性を承知していないわけが
ない。彼に近しい人々からも、ジョンソンの突然の離脱支持は保守党のリーダーシップを睨んだ日和見主義、キャリア主義から出たもの、と見られている。もし
それが事実ならば、自らの野望のために
国を道連れにすることも厭わないジョンソンはファラージ以上の怪物と言える。いずれにせよ、一般に人気があるジョンソンの加勢で、一気に離脱派が勢いを得
た。シリア難民を無条件に受け入れたメルケルの判断も軽率だった。
残留派を率いたのはキャメロン首相である。彼は若く、弁舌巧みで頭も良かったが、自身の策に溺れた。そもそも、今回の事態を招いたのもキャメロンがしなく
てもよい約束をしたからだ。2015年の総選挙の前、保守党は敗北を予想されていた。保守党の党首キャメロンは保守派の支持を集めるため、「もし保守党が
勝利したら2017年までにEU離脱を問う国政選挙を行う」と宣言した。キャメロンは選挙で負けると見込んでこのようなことを言ったフシがある。だが、実
際の選挙ではあっさり保守党が勝ってしまい、キャメロンは公約を守るために国政選挙をせざるを得なくなってしまった。キャメロンは涙を浮かべて辞任した
が、彼は被害者ではなく加害者の1人である。
残留派は怒りが収まらない。混乱はしばらく続くだろう。スコットランドの独立は十分あるが、英国の離脱を問う再投票やロンドン市の独立にまでは至らないだ
ろう。英国民のEU圏のパスポートを求める動きや怒号は日々の現実の前に収束していき、残留派の間に漠然とした無力感と怒りが残るだけになるだろう。大学
研究機関やオーケストラの大半を占めていたEU圏の国民は自国やスコットランドに移り、ロンドンの衰退がいろいろな形で進んで行くだろう。つくづく愚劣な
選択をしたものだが、一時の怒りや恐怖の念で破滅的な選択をすることは何も新しい話ではない。国際連盟を離脱した日本、国際連合を離脱した台湾、2004
年にブッシュの二期目を許したアメリカのように。今回の出来事で他国に移住しないのかと問われたけれど、英国には移った初日から幻滅し続けているし、そ
ういう国が馬鹿げたことをしたところで何か変わるわけでもない。ただ、排外主義や愚劣ぶりが今よりも進んで居心地が悪くなったら話は別だ。日本に戻るか、
EU加盟後のスコットランドに移るかの選択をするかもしれない。
6.21.2016
先月末に英国に戻ってからずっと体調を崩してしまっていた。2-3日前から咳だけになったので、日本ツアーの映像や録音をチェックしている。
アンジェロ・ヴィラーニのタワレコ渋谷店に登場した際のドキュメンタリーの新作をアップロードした。インタビューと演奏で構成されている。冒頭のフランク
とダンテ・ソナタの一部はin F公演の録音を用いている。日・英字幕付き。
VIDEO
6.1.2016
ヴィラーニ日本公演の写真等はSonetto Classics のフェイスブッ
ク・オフィシャル・ページ にアップロードしている。アンジェロに限らず、ネット上のレビュー、マルチメディア関連はこのページにいち早く載せるの
で、よろしければページのいいね(Like)をお願いします。
5.30.2016
ヴィラーニ来日公演のプログラム、日程などをSonetto Classicsのコンサートペー
ジ にまとめてある。
このサイトを古くからご覧になっている方はご存知だと思うが、今回のツアーに協力してだいたJK artsの木下淳さんとin
Fの佐藤さんと私はヴィラーニと会う以前からの古い付き合いである。木下さんはニレジハージ・サイトが設立された2007年にメールをくれた最初の読者だ
し、インエフの佐藤さんともたぶんそれくらいから知っている。
木下さんは私がアンジェロと知り合うのにも間接的な役割を果たしている。私のロンドン移住に際し、木下さんがロンドン在住の友人のマイケル・グロヴァーに
会うように勧めてきたのが2008年。実際に2009年にマイケルの自宅まで行った際、そこにアンジェロが来ていた。アンジェロはまだピアノが弾けなかっ
たが、私がニレジハージ本に関わっていたことをマイケルから聞いて、私に会いに
来たのだそうだ。
知り合った当時、木下さんはまだSonyの会社員。一方の私はバリバリのサイエンティスト。二人が音楽の会社を持ち、一緒に音楽プロジェクトをすることな
ど、お互い想像もしていなかった。木下さんからはその後も、「失われた天才」の翻訳出版社を探してもらったり、アンジェロのアルバムの日本版代理店を見つ
ける際もサポートを得た。今やSonetto Classicsの日本の大事なパートナーである(冗談半分でSonetto
Classicsの日本支社長にならないか、と打診したこともある)。
サイエンティストだった頃、「仕事さえやっていれば」とネッ
トワークを作ることの大切さを軽視していたところがある。自信過剰、一種傲慢な考えを持っていたと思うが、こと音楽に関しては自分には音楽的知識の他に何
もないと思っているせいか、ネットワークを作ることほど大事なものはないと思っているし、人との出会いを通じて自分や会社の可能性を広げていけることに感
謝している。今までと同様に、Sonetto
ClassicsやFugue.usを通じていろいろな人たちと出会っていきたい。今回のプロジェクトのように、ちょっとした出会いから花が咲くかもしれ
ないから。
5.29.2016
27日のタワレコ渋谷店のイベント。6時15分にイベントの根回しをしてくださったJPTのお二方と、インタビュアーの役割を快くうけいれていただいた木
下淳さんと待ち合わせ。裏口を通って7Fの控え室で(クライバーのサインが飾ってある)、まず木下さんとどういう質問をし、どのような構成でいくかを話し
合った。木下さんはちょっと緊張気味。一方のアンジェロは完全にリラックス。そのあと、ピアノ・チェック、マイク・カメラのセッティングを行い、イベント
が始まった。木下さんが最初に紹介のスピーチをしている間、アンジェロと二人でCDの棚をチェック。ライブイベントでこんなにリラックスしているアンジェ
ロも珍しい。喋り主体もあるだろうし、自身のホームであるタワレコということもあるのかもしれない。
イベントはうまくいったのではないかと思う。お客さんも通常よりもずっと多く入っていたようだし、CDも15-30分間のサイン会の間に35枚売れたそう
だ。三度のイベント全てに来ていただいた熱心なファンも5−6人いて、その中には80年、82年のニレジハージの日本公演を聴いた方も含まれる。私の今の
会社の東京支社からも3人来てもらった。パートナーのJPTの方も喜んでいたようだ。何よりだと思う。
サイン会が行われている間、店内を歩いていたら見知らぬ女性から「澤渡さん」と呼び止められた。なんでも私が昔書いた一連のフランクの記事 の
ファンの方だそうで、
ヴィラーニではなくて私に会いに来てくれたのだそうだ。「ここのところ、ずっとこちらをやっておられるようですけれど、またフランクにも戻ってきてくださ
い」とのことだった。読んでる人がいるんだ、という驚きみたいなものもあった
し、最近は自他共に認める影法師として働いているので、声をかけられることは意
外だったし嬉しかった。
5.26.2016
ムジカーザのリサイタルの数時間前にピアノチェックのために会場入り。30分ほど試奏し、到着した調律師の横山ペテロさんに要望を伝える。ひとしきり話し
合ったあと、持続音で倍音成分の急激な減衰があるため、倍音成分をきっちり保持していく方向で調整してもらうことになった。調律の間、我々は駅ビルの鎌倉
パスタで昼飯。アンジェロはこの旅行を通じて日本のイタ飯のレベルの高さに感銘を受け続けていたが、この時もあまりの美味しさに三人で五人分注文した。
調律が終わって試奏。アンジェロはすっかり気に入ったようだ。調律師の横山さんが演奏を聴きながら私に囁いた「今までいろいろな人と仕事をしたけれ
ど........いやあ、アンジェロさんのピアノは本当に素晴らしいですね。どういう背景の人なんですか」。
アンジェロはここら辺から異常に緊張し始めた。私の記憶の中でもあれほど弱気な表情を見たことは無い。楽屋で気合いを入れたり、励ましたり。前日の経験か
ら、MCを入れる方がリラックスできるとのことだったので、熊本地震に捧げるという形にしていた前半、彼が背景を説明することとなった。そうなると通訳が
必要。いきなりコンサート中に通訳が立ち上がって喋るのも変なので、主催者のJK
artsの木下さんに変わって私が開演前に簡単に挨拶と注意事項の伝達を行うことになった。精神的に安心する、との理由で楽譜もピアノの上に置いた。「ペ
トラルカのソネット123番」も「Abshied」に変更。これは木下さんが「彼のペトラルカ聴きたかったんですけどねー」と残念がっていた。木下さんの
言葉を伝えると、アンジェロは硬い顔のままで頷いた。残念だが、彼がリラックスできるのであれば変更は仕方がないし、Abschiedの方がペトラルカよ
りも追悼に相応しいと思う。
私による伝達事項のあと、憔悴しきった表情で登場し、喋り始める。通訳しながら様子をチェックするが、眼の焦点が定まっていない。しかし、一旦、ピアノに
座って弾き始めればアンジェロは独自の世界に入る。本番の強さは無類。自由でありつつ構築感を失わず、独特の有機性を持って音楽が進む。そして音。迫力が
他のピアニストと違う。私は身内びいきはしないし、友人や知人の演奏についてむしろ厳しい眼でみてしまうくらいなのだけれど、アンジェロに関しては彼の生
演奏を聴く度に「やっぱ凄いな。こいつは」と改めて思わされる。この夜も後ろ姿を眺めながら激しく心が打ち震えるのを感じた。泣いた観客も複数いたらし
く、私の席からもそういう表情を浮かべる女性の顔が確認できた。
演奏会後はサイン会。観客の3-4割が並んでいたようで、これは私の経験から言ってもかなり高いと思う。東大ピアノの会の知人たちも口々に絶賛していて、
「こういうピアニストは他にいない」「今まで聴いたことがない」という反応だった。複数から耳にしたのが、「ものすごく自由にやっているように聴こえるの
に、実は強固なリズム感がある」と
いう言葉。音楽的なパルスが捉えられている、ということだ。そしてそれがちゃんと出来る人は実はそんなにいない。
調律師の横山さんもアンジェロに感銘を受けたらしく、私に「まるで神様に捧げているかの演奏で、音が天に向かって登っていくのが見えました。録音する時は
教えてください。英国まで行きます。ギャラも交通費もいりません」と演奏会後に言われた。
演
奏会後、木下さんたちに誘われて東中野のピアノバーに行った。ここはカラオケのピアノ版で、お金を払えば誰でもステージでピアノを弾くことができる。ご愛
嬌の人もいれば、セミプロ級の人もいる。ブランデーを舐めながら、その様子をニヤニヤみていたアンジェロが突然、「完全に酔っ払う前に淳のためにペトラル
カのソネットを弾こうか」と囁いてきた。「弾く人が払うシステムだよ」と言うと「いいよ」と楽譜と手袋を取り出す。ステージに上がると、周囲から
「おーっ」という驚きの声。サングラスを頭に乗せたまま、家にいる
モードで弾き始める。もう音のツヤからして全然違う。それまで誰が弾いても隣の人の声が聞こえないほど騒がしかったバーが、針が落ちても聴こえるほど静か
になり、バーのスタッフ達も手を止め、演奏に
聴きいった。彼が弾いた後は拍手喝采。そのあと、しばらく誰もピアノに近寄ろうとはしなかった。
5.25.2016
In
F公演が終了。今までのフォーマットではないリサイタルをやろう、ということでジャズバーという会場をえらぶだけでなく、曲目を予め決めずにその場の気分
で決める、という形になった。暗譜もこだわらない。MCを入れることにしたのは本番直前、池袋駅に向かう途中。
ただ、アンジェロは昔から話し出すと止まらないところがあって、通訳を挟ませずに長々と喋り続けることが何度かあった。途中から逐語訳は不可能と思い、彼
の長い話を一旦咀嚼してから、いくつかポイントをまとめる形で解説する方式に切り替えた。二人が何度も話し合ってきた事が大半だったのでこの方が楽。逐語
訳でなかったり、彼が喋っていないことを喋っていたりしたのはこういう理由だ。
前半最後に置かれた「ダンテ・ソナタ」。当初、この曲をやる予定はなかった。体力的にあまりに負担が大きいし、精神的なプレッシャーも半端ない。下手にプ
ログラムに組むとキャンセルしかねない。しかもアンジェロは録音セッション以来、この曲に触っていないと
のこと。彼は公演の一時間前までリストのエレジーとショパンのマズルカなどを練習していた。ところが会場に向けて出発しようという時に、何を思ったのか
「小さい曲をたくさんやるのは嫌だ。集中できないんだ。ダンテ・ソナタをチャレンジしてみようか。会場のピアノ次第だけ
どね」。In
Fに到着してダンテ・ソナタを練習で弾き始めたところ、途中の静かな箇所で一箇所突然記憶喪失。なんどやっても和音のハーモニーが思い出せず、慌ててIn
Fの棚にあった楽譜でチェック。該当ページだけ開いて楽譜台に置くことにした。これが開演40分前の話。棚に楽譜が無かったらやっていなかったと思う。
いざ本番が始まると、これが実に素晴らしい。ここらへんもアンジェロは他のピアニストと違う。彼は練習では結構ヘロヘロだったりするのに、本番になるとそ
れまでが嘘のようにスイッチが入って見事な演奏になる。聴衆も彼の演奏には吃驚したようだ。
会場で実際に直接もらったコメントの数々を紹介したい。皆、ピアノ演奏に一家言持っている方達。記憶を元に書いている:
「今までこんなの聴いたことがない」
「クラウディオ・アラウのより上」
「予想を越えてました」
「ニレジハージの音を持っていますね」(1980年と1982年のニレジハージ公演を実際に聴いた音楽ファン)
「腹に響く音」
「地響きがした」
「アルバムと同じ音がしました」
「ロ短調ソナタを聴きたい」
「リストだけじゃないことを示しましたね。ブラームス二曲が素晴らしかった」
「低弦が切れないか心配です。打鍵が凄い強いので(「ダンテ・ソナタ」の練習を見ていた調律師の辻さん)。
5.20.2016
数時間前にドバイ経由のエミレーツ便で帰国。まずは体を時差に慣れさせなければ。
ムジカーザ公演の曲目が一部変更になっている。
http://www.jk-arts.net/concert.html
「葬送曲」はCD発表記念コンサート1時間前のリハでヴィラーニが指慣らしに弾いていて、その出来がよかったために「日本で弾いたらどう?」と薦めた。そ
うしたら一時間後の本番でいきなり冒頭に持ってきて驚いた。25年来の親友Pでさえ彼のこの曲の演奏を聴いたことがなく、ヴィラーニ本人も10代の時にさ
らって、CD発表記念コンサートの前日にざっと見直しただけらしい。しかし彼の音楽性に非常に合っている。今後、彼の代名詞になるレパートリーの一つだと
思う。
「ペトラルカのソネット第123番」は、プログラムの最後のピース。この曲か、エレジー第二番かをヴィラーニが候補として挙げていて、「傑作だから」と木
下さんの助言でペトラルカのソネットに決まった。この曲を含む前半を熊本地震の犠牲者に捧げる形とする。
24日のinF公演は楽譜ありでもいいし、その場の気分で決めてもいいし、要は
自由自在にやってほしいと言った。通常のコンサート・フォーマットであるムジカーザ公演と違う感じになればそれでいい。曲目は前もって決めないが、会場の
サイズからして、25日よりも叙情的で静かなショパン、リスト、グリーグ、ドビュッシー作品が入っ
てくると思う。
http://in-f.cocolog-nifty.com
27日の曲目はこれから決めるけれど、パーセルの「ディドーの嘆き」は確実に弾く。もう一曲は「トリスタンとイゾルデ:コンサート・パラフレーズ」
(2013)か、BBCで弾いた短縮版の「トリスタン幻想曲」(2015)。「ト
リスタンとイゾルデ:コンサート・パラフレーズ」とアルバム収録の「トリスタン
幻想曲」の違いは、前者が実質的に第三幕の「愛の死」と同じで、後者が第二幕の「愛の二重唱」を中心に構成されている。
http://towershibuya.jp/2016/05/27/69136
5.18.2016
アンジェロ・ヴィラーニとイグナッツ・フリードマンとの関わりについてはムジカーザ・リサイタルのチラシやこのサイトなどで幾度も触れてきた。彼の師レイ
フを通じて、フリードマンのフレージングやペダリングの影響を受けたことは紛れも無い。だが、ヴィラーニの音楽的体臭にもっとも近いピアニストとなると、
フリードマンやニレジハージ以上にヴラディミール・ソフロニツキーを挙げなければいけないだろう。スクリャービンを義父に持ち、リヒテルやギレリス達から
「神」とまで形容されたピアニストだ。
ソフロニツキーは、骨太の骨格と豊かなイマジネーションを併せ持つピアニスト。ホロヴィッツのような時に暴力的に広いダイナミックレンジは取らないのにも
かかわらず、音楽にメフィスト的な凄みとスケールの大きさを示すことがままある。直感的でありながら力学にそったフレージング処理は独自の境地にあり、リ
ストやスクリャービンを始め、ショパンやシューマンでも見事な解釈を聴くことができる。
彼の演奏に感じるのが強い物語性だ。標題音楽を指向しているとまでは言わないが、表現にメリハリとはっきりとした方向性があって、フレーズに起承転結のよ
うなものがある。これがあるため、かなり変わったことをやっているのにも関わらず、音楽がカオスに陥ることない。その一方で、ソナタでもノクターンでもプ
レリュードでもあたかもバラードのように聴こえるという一面も出てくる。
VIDEO
ルバートを多用する一方で、ストレートに力強いタッチで音を出してくる。音の一つ一つに強い意志がこめられた弾き方であるため、どの曲を弾いても軽やかに
なることがない。アルペッジオの個々の音も流さずに弾くし、個々の声部もしっかり弾くため、一種の生々しさも感じさせる。フィンガリング、タッチは決して
洗練されているとは言えないのだが、音楽が粗雑になるところがないのは卓越したフレージング感覚によるところが大きい。
上にあげた多くの特質を持っている稀なピアニストがヴィラーニだ。彼の師匠の一人がロシアン・スクール出身ということもあるが、自身がソフロニツ
キーに強く共感していることもある。是非、かつての偉大な巨匠達の力強い表現主義を今に引き継ぐユニークなピアニストの演奏会に足を運んでいただきたいと
思う。
http://www.jk-arts.net/concert.html
5.16.2016
プロモ映像2本目。録音セッション時の未公開映像を使っている。「ダンテ・ソナタ」では彼は手袋を外しているが、これは極めてレア。本人も最後に手袋な
しでピアノを弾いたのはいつか思い出せないくらい昔、と言っていた。この時はなかなか思い通りの演奏ができず、自らに腹を立てたヴィラーニがいきなり手袋
を外して弾き、そ
れがベスト・テイクとなった。ただし、外したのはこの時限りで、この後はまた手袋着用に戻っている。
VIDEO
5.13.2016
ムジカーザ公演まで二週間を切り、最後の追い込みのためにプロモ映像を制作した。もう一本作る予定。
VIDEO
5.11.2016
サイトを開始して9年目。今までほとんど私自身の素性を書いて来なかったのだけれど、昨年から曲がりなりにも会社の責任者になった以上、明らかにしておい
た方がいいと思い、管理
者についての記述 を増やすことにした。
2016年2月にアンジェロ・ヴィラーニが出演したBBC in Tuneのインタビューの日本語訳 を作成した。
2013年のインタビューと内容が重複していたこともあり、今まで手をつけずにいた。私の役割についても多少の言及あり。この時はBBCの現場スタッフが
彼の演奏に感動して放送終了後に握手を求めていたのが印象的だった。こちらの映像 で
も確認できる。
5.7.2016
アンジェロ・ヴィラーニのタワレコ渋谷店(27日19:30)のライブ・イベントの告知がタワレコ渋谷店のページに出ている。こちら か
ら。無料だが、人数制限がかかることもあるようなので、リンク先の情報をチェックされたし。
5.4.2016
私は
音楽家達に高い尊敬心を持っているけれども、一緒に働く音楽家とは哲学を共有しないと仕事がやれないと思っている。音楽に内在するパルスを捉えようとしな
い、あるいは軽視する音楽家とはまず仕事ができないし、「芸術性」さえあればピッチの正確さなどどちらでもいい、と考える演奏家も無理だ。
逆に、哲学が一致した場合は仕事に何の支障もない。ヴィラーニとはアルバムにお
いては音楽以外のことで意見が対立したことは何度かあるけれど、こと音楽に関しては意見の不一致が一度もなかった。私からすると、かならずしも共感できな
い音楽家と日常的に仕事ができるフリーランスのプロデューサーやエンジニアはすごいというか、大胆だと思う。編集など、0.01秒でニュアンスがガラリと
変わる世界。そ
の人の音楽言語を共有していないと到底やれないと思うのだけれど。
5.2.2016
ウィグモア・ホールでコンスタンティン・リフシッツを聴いた。彼はノーマ・フィッシャーの古くからの友人で、ノーマが是非とも聴きに来い、とのこと。彼自
身の考えがはっきり出た極めて個性的な解釈である一方で、それが単に自己満足、自己陶酔に陥っていない。ソコロフの生演奏に接した時の印象と少し似てい
る。イ
ンプレッションはこちら 。
4.29.2016
Sonetto
Classicsでシーヤン・ウォンのリサイタルを再度プロデュースすることになった。コンサートの日付は6・22、場所はロンドンのRoyal
Over-Seas
League。今回はシーヤンもコンクールで入賞したりとか、ゲオルグ・ショルティ未亡人の強力な支持を受けているので、前回よりも集客が見込めると思
う。ただ、毎週のように王立アカデミーでリハに付き合った前回ほど彼の演奏内容に関与できるかどうかわからない。ホーシャムというロンドンから若干遠いと
ころに引越してしまったので。
ニレジハージのプロジェクトについては、Sonettoの財務担当がスポンサーに接触中。今のところ手ごたえがない。あまり長くなるようならクラウドファ
ンディングの手法に戻るかもしれない。
5月のアンジェロ・ヴィラーニの来日公演について。
24日7時開演の大泉学園インエフ公演については、ジャズバーという性質上、通常のクラシック音楽の演奏会から離れた自由な感じにしたいと思う。MCもあ
るかもしれないし、楽譜を持ってきてそこから自由に弾くかもしれない。コアとなる楽曲は決まっているが、他はその場の雰囲気で決めていくことになると思
う。演奏中の写真や映像撮影も自由にしたい(ただし、フラッシュ無、シャッター音無で、かつ他の方の鑑賞や演奏の妨げになるような撮影でないこと)。客が
たくさん入れば立見もありうる。真っ先に立つのは私を始めとする関係者になるけれど。ムジカーザ公演との重複は2−3曲にとどまる予定だが、もしお客さん
から声がかかれば翌日のために準備している曲は弾くかもしれない。
25日7時開演のムジカーザ公演については、発表されたプログラムから若干の変更はあると思うが、大部分は当初のままで行く予定。前夜のリラックスした雰
囲気とはうってかわり、通常のリサイタルらしい、非常に緊張度の高い演奏になるだろう。
27日7時半開始のタワーレコード渋谷のイベントは、かつてタワレコで働いていたアンジェロが大きな感慨を胸に参加するイベント。司会進行役がjk-
artsの木下淳氏、ヴィラーニ、そして私が通訳として参加する。公開インタビュー、サイン会、そしてアルバムから二曲ほど演奏してもらう予定。曲の詳細
についてはまたいずれ。
このように、予定されている東京の三つのイベントは、三者三様のイベントとなる。今回のツアーはこれで打ち止め。私もヴィラーニ(とその彼女)も28日に
出立する。
4.27.2016
ヴィラーニ来日公演まであと一カ月を切った。ムジカーザ 公演のチケットが残って
おり、これをどうやって買ってもらうかが今後の課題。とは言っても、赤
の他人の演奏会のために夜7時にわざわざコンサート会場まで足を伸ばしていただく、というのはなかなか大変なことであるのは理解している。先日、ロンドン
で急病の内田光子に変
わってツイメルマンが登場したが、急病発表直後は内田光子の演奏会なのにまだ100枚以上残っていた。しかも、私に関してはツイメルマンに代わった後でも
まだ行く気が起きなかった。まして、日本ではまだ知名度がないアンジェロのコンサートである。買っていただいた方には感謝しかないが、当日、最初の音で
「ああ、来て良かった」と思っていただけると思う。彼の音には人を動かす力がある。
ロンドンにはヴィラーニの支持者が多くいる。彼らがチケットの売り上げやプロモーションなどを支えている。活動歴のない日本ではまだそこまではいかない。
ただ、アルゲリッチの主治医かつ親友の日本人の方がヴィラーニの演奏の熱心な支
持者で、アルゲリッチ本人にも録音を聴かせたりしているらしい(彼女に会場に来てもらう、という話も出たが、翌26日に別府でリサイタルがあるので無理、
とのこと)。今回の来日でそういった人が増えていくきっかけになれば良いと思う。
なにしろ、4年前まで
はアンジェロ・ヴィラーニは業界にほとんど存在しておらず、2年前にはオーストラリア人の医師の診断を受けて、ピアノ演奏からの引退のメールを友人たちに
送っていたのだ。昨年末から今年にかけてのアルバムの完成、レコ芸特選盤の評価をはじめとする絶賛の
レビュー、本人が愛してやまないタワレコへの凱旋。なんだかんだ言って、ここまで来れたのは順調すぎると言わねばならないだろう。それでもあと一月なの
で、一人でも多くの人に会場に来てもらうように尽力したい。
4.26.2016
タワーレコード渋谷店において、アンジェロ・ヴィラーニ・プレイズ・ダンテ「インフェルノ」の販売促進イベントが行われることが決まった。公開インタ
ビュー、アルバム関連の曲を1-2曲演奏し、続いてサイン会などが行われる。現在交渉中だが、ドキュメンタリー映像用の撮影も計画している。
5月27日、金曜日夜19:30より、タワレコ渋谷店7階にて。インタビュアーは木下淳氏。
4.25.2016
ブロムシュテットとフィルハーモニアによるブルックナーの第四の演奏会があった。ブロムシュテットは子供の頃から聴き込んできた指揮者。やはり彼は素晴ら
しい。「フィルハーモニアは現役最高の指揮者の一人であるブロムシュテットの元で天使のように演奏。第四のベストの盤であるドレスデン盤と同じくらい印象
的」とツイートしたらフィルハーモニアの団員にリツイートされた。インプレッション はこちら。
4.22.2016
タワーレコードに今月のレコード芸術特選盤 リストが出ている。アルバムは中ほどにある。
ヴィラーニは感慨深くこれを見るに違いない。というのは、彼は右手の故障と格闘していたころ、ロンドン市内のタワーレコードの店員として何年も働いていた
からだ。彼は店員に有益な助言を与える店員として知る人ぞ知る存在で、訪れた評論家や音楽家にも「こちらの演奏の方がいい」「もっといいライブ演奏がある
から送る」などと助言していた。ニコライ・デミジェンコや、International Piano Quarterly
の編集顧問だったマイケル・グロヴァー達ともそうやって出会った。後にそのつながりが強固な音楽ネットワークとして彼の治療や復活を助けていくわけだが、
本人にとってはタワレコという場所はそういった現実的な効果よりも、ノスタルジックな意味合いの方が強いようだ。英国のタワレコはもはや存在しないが、今
で
もタワレコの元同僚たちと定期的に会い、昔話を肴にワインをよく飲んでいる。
ヴィラーニに東京観光でどこに行きたいか、と訊ねたところ、間髪をおかず「タワーレコード!」と答えた。自身の原点がまだ日本に存在していることを確認し
たいという思いは非常に強いらしい。渋谷店にお邪魔することになるだろう。
4.20.2016
ア
ンジェロ・ヴィラーニ・プレイズ・ダンテ「インフェルノ」がレコード芸術誌五月号で特選盤となったとの知らせを受けた。
日本での販売については、実は輸入盤のままで行くという選択肢もあったのだが、レコ芸の月評に取り上げられるためには日本盤仕様(日本市場向けバーコード
付)の必要があるとの話をJK-Artsの木下氏、販売代理店のJPTの松村氏から伺い、月評のために日本語盤を出すことにした。その甲斐があったよう
だ。助言してい
ただいたお二方にお礼申し上げたい。
4.15.2016
昔書いたSNSの文章を読んでいたら、次のような文が出てきた。初めてアンジェロ・ヴィラーニに会って食事をした6年前に書いたものだ。この当時はまだ
彼は痩せていて、どこかしら風来坊の雰囲気があった。二人でリヒャルト・シュトラウスのオペラやフルトヴェングラーの話をしていたと思う。
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........この日はVillaniのピアノは聴けなかったが、彼自身の演奏感について面白い話が聞けた。印象に残ったのは、「作品をとことんまで突
き詰める。10のうち、10をやらねば駄目だ。そして、自分を追い込み、全てをさらけ出す。怖い作業だが、その事で、得体の知れない世界に入り、尋常でな
いものを表現することができる。それがいつも出来たのがホロヴィッツ、ニレジハージ、フルトヴェングラーだよ」という言葉。サイエンスでも、ぎりぎりまで
追い込むと、その先にこつ然と新しい世界が開かれることがある。人事を尽くして天命を待つ、という言葉もあるが、「ぎりぎりのところから何か予期せぬもの
が生まれることがある」というのはどの世界にも当てはまるし、その「予期せぬなにものか」を追求する過程が大切で、それこそが禅が求めている姿勢なのだと
思う。
-------
一緒に仕事をするようになった今、この言葉を読み直すと、ヴィラーニはまさにこの言葉をそのまま実行していると感じる。あのように一回一回のコンサートや
録音に全身全霊を打ち込んでいたら精神も体も持つまい、そう思えるほど、全身全霊をかけてスコアに向かい、疲弊して倒れる。彼のような演奏家は現代では稀
少になってしまった。
明日からウェスト・サセックスの街、ホーシャムへと引っ越し。ロンドンから1時間程度だが、交通費が馬鹿にならない。市内に行く頻度は少し減ると思う。
4.13.2016
アンジェロ・ヴィラーニの来日公演が5月24日と25日に行われる。25日はムジカーザで、チケットはこちら から。こち
らが正統的なリサイタル公演なので、是非お聴きのがしなく。ピアノはスタインウェイ。
24日の公演は25日とがらりと趣向を変え、大泉学園のジャズ・クラブ
inFで行う。開場は6:30で、開演は7:00から。ここは音楽ファンの間では知る人ぞ知る名所で、小室等、おおたか靜流、黒田京子、沖仁、ハクウェ
イ・
キムらの内外のトップクラスのアーティストが連日出演している。inFを選んだ理由の一つはピアノ。日本を代表する調律師の一人である辻秀夫氏によってメ
ン
テされている素晴らしいカワイがある(訂正:ヤマハ)。ムジカーザのスタインウェイとの響の違いを楽しむのも一興かも(ヴィラーニ個人はカワイを弾いて
育った)。
ただし、in
Fの会場はとても小さく、せいぜい10-15人しか入れない。それだけに、ピアニストとより近い距離で演奏を楽しむことができるという魅力がある。席の確
保はhttp://in-f.cocolog-nifty.com/ か
ら。in
Fのサイトではこのリサイタルはまだ告知されていないが、日付とピアニストの名前を電話口で言えば、席はいくつでも確保できる。プログラムは未定。彼のレ
パートリーから予想はつくと思う(場所が場所なので、興が乗れば客からのリクエストを受け付けてくれるかも)。
もう一つin
Fの魅力を書くと、マスターが新潟出身ということもあり、滅多に手に入らない新潟の極上の銘酒をずらりと揃えている。聴覚のみならず、味覚も刺激を受ける
こと間違いなし!
追記)先ほど、inFのマスターから「当店のピアノはヤマハG5」とのおしらせをいただいた。もう何年も通っている上、遊びのセッションで実際に何度かピ
アノを弾いたことがあるのにもかかわらず、完全にカワイだと思い込んでいた。ピアノの前に座る際は常に酔った状態だったとは言え、ひどい間違いである。お
そらく、最初の勘違いが脳のどこかにインプットされてしまい、ロゴさえも見なくなっていたのかもしれないが、それにしても......。ピアノが素晴らし
いのは変わらない。お詫びとともに訂正させていただきます。
4.7.2016
ニレジハージの広告についてのフィードバックが戻ってきた。広告やビデオ自体には問題なしで、特にニレジハージの生涯をまとめた11分のオリジナルのビデ
オ・ドキュメンタリーの評価がよかった。問題は計画そのもの。
計画ではシューベルトの「さすらい人幻想曲」とレティシェツキの「英雄的エチュード」を外し、一枚のCDアルバムとして出すつもりだった。二曲を外したこ
とについて細かいことは書かないが、個人的な好み、現実的な理由、経済的な理由からである。Kevinも外すことに賛同した。だが、友人たちからのフィー
ドバックの中に「さすらい人」は絶対に入れるべき、との声があった。理想論から非常に強い調子で、「外す」という私の決断を「馬鹿げている」と非難する内
容だった。
しかし、もし30分かかる「さすらい人」を入れるとなると、自分の好みでない演奏を入れるだけではなく、一枚では収まらず、二枚組にしなければならなくな
る。制作
コスト、キャンペーン、販売価格などに多大な影響が出てくる。
Sonetto
ClassicsのCEOとしてはコンサートで弾かれた曲を全て収めた完全版を作っておきたい。プロデューサーとしては自分の好きな演奏だけでアルバムを
作りたい。今はこの考えの間で揺れている。一度キャンペーンを開始したらあとに
は戻れない。来週には始められるかと思ったが、一枚組にする
か、二枚組にするか、という根本から計画を練り直す必要が出てきた。
4.4.2016
CDジャーナル経由の記事だが、Yahoo ニュース に「アンジェロ・プレイズ・ダンテ「インフェルノ」」が紹介されていた。Yahoo
Japanは自分にとっても特別な存在だ。感慨深い。
ニレジハージのクラウドファンディングのビデオ広告の初版が完成し、友人たちからのフィードバックを得ているところ。意見を取り入れて修正が終わり次第、
キャンペーンを開始する。同時に別口でスポンサーを募っていて、もしスポンサーが突然入ればキャンペーンはやる必要がなくなるが、(残念ながら)そういう
ことにはならないと思う。
3.26.2016
Sonetto Classicsのツイッターを開始:@SonettoClassics。たまに目新しい情報が載る(かもしれない)。
3.20.2016
CDジャーナル にアルバムの紹介記事が出ていた。youtube、東京リサイタルへのリンク、各オンライン
ショップなどのリンクもあって充実している。
3.20.2016
近年稀に見る面白い音楽記事がワシントン・ポストに掲載 さ
れていた。ローマン・トーテンベルグのストラディバリを1980年に盗んだヴァイオリニスト、フィリップ・ジョンソンの話。当時、ジョンソンは才能ある学
生で、ボストン交響楽団のコンマスだったシルヴァースタインの弟子だった。チャーミングではあったが、傲慢でプライドが高く、当時ボストン大学のヴァイオ
リン科の教授だったトーテンベルグさえも見下していた。ある日、トーテンベルグのコンサートに空のヴァ
イオリンケースを抱えて現れたジョンソンは、コン
サートの後、楽屋に忍び込んだ....。
とこう書くと犯罪ドラマのシナリオのようなのだが、興味深かったのは、盗んだ経緯よりもジョンソンのその後の人生の話。盗んだヴァイオリンを秘匿しかつ使
いながら、キャリアを構築、そして転落していく。その様子が「罪と罰」のラスコーリニコフを見ているかのようだ。最後まで飽きずに読ませてもらった。こん
なに長くなければ著者に許可をとって翻訳したいところ。
#Scriabin
3.19.2016
来年、スクリャービンの第10ソナタをあるピアニストと録音する計画が浮上。アルバムコンセプトは私の中にあって、すでに2曲の採用を決めている。残り1
-2曲の候補としてこのソナタが話に出てきたのだが、正直、私はこの音楽にピンときていなかったため、曲の背景を勉強してみることにした。
このソナタは「トリル」「虫のソナタ」とも呼ばれている。こういったニックネームは全編に現れるトリルと、スクリャービンの次の言葉に由来する−−−私の
第10ソナタは虫についてである。彼らは太陽から生まれる。太陽のキスだ。
一方で、「虫のソナタ」というニックネームは極めて表面的である故に、誤解を招くと言えるかもしれない。というのも、自然界の動物や植物は自己の内面の反
映、象徴に過ぎないと晩年のスクリャービンは考えていた。動物は単なる動物として捉えるべきものではなく、自身の内面の動きに呼応する存在であった。鳥が
羽ばたく時、スクリャービンは自身の内面において「羽を持つ」愛撫が飛び立つのを感じる、と主張していた。スクリャービンにとって、虫もただの生物ではな
く、太陽活動を象徴化する存在であった。
スクリャービンにおいては、この世の全ての事象は有機的に連関しており、独立のものとしては存在しえない。「動物がただの動物に過ぎないと考えるとは、な
んと酷い間違いか」とはサバネーエフへの彼の言葉だ。スクリャービンにとって、事象は自身の観念の産物であったからだ。彼は自身の意志のもとに、「動物、
植物、虫をどこにでも好きな場所に送り」「キスと愛撫をふりまく」ことが可能だとさえ考えていた。
第10ソナタには「光」を示唆するフランス語の指示が多く書き込まれている。lumineux(光輝くように)、vibrant(きらめくように)、de
plus en plus radieux(さらに輝かしく)、puissant, radieux(力強く、輝かしく)、avec élan
lumineux
vibrant(きらめくような、輝かしい推進力を持って)といった指定だ。いずれもこのソナタのテーマが単に「虫」ではなく、究極的には「太陽」であっ
たと考えると合点がいく。さらに、avec une ardeur profonde et voilée(深淵で隠された情熱を持って)、avec
émotion(情熱をもって)、avec
ravissement(熱狂的な)といった指示は、このソナタが単に太陽の描写にとどまるものではないことも示唆している。スクリャービンの考えにそえ
ば、太陽でさえも自身の内面のなにがしかの象徴であっただろうから、当然、太陽と情念は不可分であったに違いない。
この背景を念頭に置いて第10ソナタを聴き直してみると、スクリャービンの意図したものが見えてくるのではないだろうか。私個人の考えではあるが、このソ
ナタは虫という言葉を借りた太陽賛歌であると同時に、自身の観念論的な世界観を音として具現化することを目指した作品だったのではなかったかと思う。
3.15.2016
"Angelo Villani Plays Dante's Inferno"
が英インディペンデント紙より最高ランク五つ星の評を受けた。Andy Gillによる評:
「ヴィラーニのマジックがもっとも効果的に出ているのが、より静かなパッセージだ。そういった箇所においては、彼に本来備わっているロマンティックな感受
性の仄暗さを暗闇を通して微かに伺うことができる」
英インディペンデント紙は中道左派の全国・高級紙で、左派のガーディアン、右派のテレグラフなどと同じくステイタスは高い。
3.13.2016
先月から英国のメディカル・ライティングの企業に異動。あれやこれやのスタートアップで忙しく、ニレジハージ・プロジェクトのクラウドファンディングの準
備に入れていなかった。ビデオ三つのうち、二つまで制作が終わっているので、イースター休暇の明けた4月にキャンペーンをスタートしたいと思う。
今日、The International Ervin Nyiregyházi
Foundationより、プロジェクトの遂行に必要な権利(音源の著作権や肖像権のクリア等)の使用許可を正式にもらったので、日本向けにのみプロジェ
クトの内容をリークしたい。
今回のプロジェクトは、ニレジハージ再発見のきっかけとなったOld First
Churchにおけるリサイタルをリマスターして、Sonetto Classics よりCDをリリースする、というもの。以前簡単に触れたが、このリサイタル
の録音は実は2ソースあって、LP "Nyiregyházi
plays
Liszt"
には教会備え付けの機材によって録音されたリールが使われた。LP発表当時はテリー・マクネイルによるカセット録音が使われた、とされていたのだが、厳密
にはそうではな
かったようだ。
我々が今回手がけるのが、このマクネイルによるカセット音源によるもので、昨年秋に状態の良い音源を入手したことから、このプロジェクトが始まった。すで
に
テスト・リマスターは上がっていて、なかなかいい感じ。カセット録音をおこなったテリー・マクネイル、国際的に著名な某ピアニストを始め、数人の関係者と
相談しつつ、音のバランスを決めている。プロジェクトにはケヴィン・バザーナも関わっている。
さらなる詳細はまた今度。
3.8.2016
以下は話半分に。
アンジェロ・ヴィラーニとダンテの間には不思議な因縁がある(かもしれない)。
ダンテの同時代人で、フィレンツエ庁舎で彼の同僚でもあった歴史家にジョヴァンニという人物がいる。ジョヴァンニは自著「Nuovo
Conica」を通じてダンテの最初の伝記を記した人物として歴史に名を残している。このジョヴァンニの姓がヴィラーニなのだ。アンジェロはオーストラリ
ア出身だが、両親はイタリアからの移民で、彼らの先祖はフィレンツエ人だったと言われている。もしや同じ血だろうか?そう思ってジョヴァンニの彫像の顔 をみると、アンジェロとよく似ているような....。
Angelo Villani plays Dante's InfernoのCD評がThe International Piano
に掲載されると編集者から連絡が来た。執筆者はブライス・モリスンのようだが、非常に高い評価のようだ。内容は追ってこちらにアップする予定。
3.6.2016
アンジェロ・ヴィラーニ・プレイズ・ダンテ「インフェルノ」が日本市場で販売となる。発売は3月22日予定でタワーレコード ,HMV 、アマゾン から予約可能。
アンジェロ・ヴィラーニというピアニストについてはすでに何度も触れているし、ページ も作成
しているので、細かくはそちらを参照されていただければ、と思う。ただ、一つの指針として、ヴィラーニがピアノ演奏史の中でどのような位置づけに当たるピ
アニストか、ということは明確にしておきたいと思う。
彼の師、レイフはイグナッツ・フリードマンの最後の弟子で、ヴィラーニ自身、レイフを通じてフリードマン直伝の運指法を学ぶなど、その影響を強く受けたこ
と
を認めている。フリードマンはポーランド出身の偉大なピアニストで、特にショパンの演奏においては比類のない評価を受けていた。例えば「英雄ポロ
ネーズ 」。リズムやフレージングが独特で、ホロヴィッツやルービンシュタインの間の取り方と全く違う。だが、それが作為的ではなく、実に自由かつ
自然になされている。彼のマズルカやノクターン、ドヴォルザークのユモレスクなど、嘆息を放つしかないような美しさだ。
フリードマンの弟子としては幻のピアニスト、イグナッツ・ティーゲルマンがいる。健康上の理由でエジプトで後半生を過ごしたため、名声を確立することがな
かったが、残された録音から、フリードマン直伝のピアニズムがうかがえる。特に、バラード
第四番 の素晴らしさ!ショパンの最高傑作であるこの作品を、ティーゲルマンほど感動的に演奏している例はない。フレージング処理が自然な呼吸に基
づいており、テンポが
自在に伸縮しつつ、素晴らしい劇的クライマックスを築き上げている。個人的には「無人島に持って行きたい演奏」の一つだ。
現在、こういうピアノを弾く人はほとんどいなくなってしまった。それ以前に、今現在、偉大なフリードマンの正統的な後継者としては誰がいるのだろう?弟子
筋には辛うじて、ティーゲルマンに学んだアンリ・バルダがいるが、バルダはどちらかというとフラ
ンス派の印象の方が強く、私個人はバルダの演奏にフリードマンやティーゲルマンの影響を感じない。一方で、ヴィラーニにはニレジハージやレヴィからの影響
は多大にあるけれども、根っこにフリードマンがしっかりとあるのは間違いない。この点一つとっても、ヴィラーニは十分聴きにいく価値のあるピアニストだと
思う(ちなみに、ノーマ・フィッシャーは先月、ヴィラーニの生演奏を聴いて、「200年前の
演奏を聴いた感覚」と驚きながら私にコメントした)。
2.29.2016
ゲオルグ・ショルティ邸で行われたプライベート・コンサートに招かれた。付き合いのあるシーヤン・ウォンがピアノを弾いた。
ショルティの家はロンドン北部のスイス・コッテージにあり、地下室付き4階建の豪邸。居間には名画やアートが並び、庭は広大。地下はショルティの書斎・
書庫があって、グラミーのトロフィーやバルトークの手紙やリストの手の模型など、様々なアンティークがあった。レコードコレクションを興味を持ってチェッ
クしてみたが、全部ショルティのCDとレコード。カラヤンやベームでもあったら面白かったのだけど。
同じ書庫にミケランジェリのスタインウェイがあって、それを使ってリサイタルが行われた。未亡人が直接私に説明してくれたところでは、ミケランジェリ本人
がピアノ
を気に入らなかったらしく、購入後間もなく手放したのだそうだ。そしてシフ、ペライアの手を経て、生前のショルティの手に渡ったとのこと。今でもファブ
リーニが定期的に
顔を出して調律するのだそうだが、この日は通常のスタインウェイの調律師が入ったとのことで、そのせいか、ミケランジェリの音の特徴は少しも聴こえなかっ
た。その一
方で、シーヤンの話では最高に弾きやすいタッチだったらしい。
シーヤンのハイドンとリストの演奏は招待客から高い評価を受けていた。とりわけ、ショルティの未亡人が感激していて、ディナーの後、去り際のシーヤンをな
かなか
帰そうとせず、彼の将来のために方々に連絡をとるということを確約していた(方々、というのはシカゴ交響楽団の責任者も含まれる)。私個人にとっても、
ショルティ家に行けたのはもとより、才能ある音楽家達と知り合いになれたことが収穫だった。
2.19.2016
アンジェロのBBC出演時のミニ・ドキュメンタリーを制作した。ccのクリックで日本語字幕がつく。
VIDEO
2.18.2016
昨
晩、アンジェロ・ヴィラーニのBBC出演があった。BBCのロビーで出演前のアンジェロに調子はどうだい?と訊ねると、暗い顔で「全然」と一言。緊張して
いるらしい。無理もない。全英生中継だ。一つの大きなミスが命取りになる。担当者から段取りの説明があり、アンジェロには8分間のサウンド・チェック兼練
習の時間があてられた。
実際の放送は以下のリンク。アンジェロの登場は以下の1:25:00からで、間にニュースが入った。私についても言及があった(1:25:30)。
リンクは3月中旬まで。
http://www.bbc.co.uk/programmes/b07053nq
手堅い演奏。自分では気がついていないようだがアンジェロは本番に強い。30分の出演が終わってスタジオから出てきて一言、「やっと終わった。次は東京
だ」。三度目とは言え、聴取率の高いBBCの生出演を無事にこなしたのは自信になったと思う。
2.17.2016
アンジェロ・ヴィラーニ/ ムジカーザ公演のチケットはこちら から。あるいはチケットぴあ http://t.pia.jp/ Tel.
0570-02-9999 Pコード 287-803
2.15.2016
アンジェロ・ヴィラーニが水曜日17:50 (17:30より変更)よりBBC3 in
Tuneに生出演。英国在住の方はお聴き逃しなく。Sonetto
Classicsやアルバムなどの話をし、15分ほど演奏もする。私もスタジオに行って様子を撮影する予定。
2.11.2016
ウィキ
ペディア日本語版のニレジハージの項目を久しぶりに見返してみたところ、内容が大幅に改
善されていて、かつてのカーネギーホールうんぬん、のひどい間違い(たしか、70年代に乞食のような身なりをしたニレジハージがカーネギーホールのドアを
叩いて、試しに弾かせてみたらすごい演奏だった、という話)が修正されていた。
ただ
し、同じ項目の注釈に、当サイトの記
述 に
おいてアルカンの作品が1940年代当時に無名だった、としたことについて「LP収録の確率が低いだけでやや無理がある」とのコメントがある。アルカンが
無名だったかそうではなかったかは単に価値観や判断基準の相違に過ぎず、主観の相違をウィキペディアでわざわざ書く意義があるかどうかも私にはよくわから
ない。いずれにせよ、前のものよりも内容が改善されつつあるのは喜ばしいと思う。
何度か
触れているが、ニレジハージの新プロジェクトの英語のキャンペーンビデオを二本制作して
おり、
8割方出来上がった。プロジェクトに参加するメンバーは、Lost Genius(失われた天才)のケヴィン・バザーナと、Repeat
Performance
Mediaのロビン・スプリンガルと私の三人。ロビンはアンジェロのアルバムの制作に関わっており、さらに言うと、ポール・マッカートニー、スティング、
REM、エリック・クラプトン、ロイヤル・フィル、ウィグモア・ホールなどとも仕事をしている。版権者のオランダの国際ニレジハージ協会の協力も得る予定
で、現在、コ
ンタクトを取っているところだ。2007年のLost
Genius(失われた天才)とM&AのCD以来、9年ぶりのニレジ
ハージ関連の商品になる。来年までずれこんで没後30周年記念にするテもあるけれど、とりあえ
ずは今年中旬の発売を目指すつもりだし、よほどのアクシデントがない限り、発売が来年にまでずれこむことはないだろう。
プロ
ジェクトの内容は、ビデオ完成と同時に告知したいと思う。告知しない理由は早く動きすぎて
スクープされたくないから。できれば2月の末頃、と思っているけれど、こればかりはビデオ制作と宣伝文の進行具合による。
2.9.2016
アンジェロ・ヴィラーニによるCD発売記念コンサートがVernon Ellis
Foundationで行われた。素晴らしいコンサートで、客も圧倒されていたようだ。ウォームアップ用に第1曲目に持ってきたリストの「葬送曲」の演奏
が素晴らしかったので、youtube videoを制作した。最後の5分を聴けば彼の比類ない力量がわかるとおもう。
Angelo Villani Plays Liszt
Funérailles
Filmed and recorded at the
Vernon Ellis Foundation,
Feb 4th 2016
Live recording ( Angelo
Villani plays
Dante's inferno CD launch concert)
VIDEO
2.1.2016
アンジェロ・ヴィラーニの来日公演(ムジカーザ)のチケットが発売になった。主催はJK-Arts。社長の木下淳さんはマルク・アンドレ・アムランの自主
公演を主導したことで知られており、ニレジハージの伝記「失われた天才」の邦訳版出版にも尽力していただいている。チラシの推薦文を担当させてもらった。
(1 ) (2 )。
http://www.jk-arts.net/concert.html
チケットはこちら より入手可能。ムジカーザは小さい会場なのでお早めに。
1.31.2016
数日前、ノーマ・フィッシャーの家でイーレイという10台の中国人学生の演奏を聴き、その素晴らしい才能に驚いた。ノーマ自身の演奏を思わせた。早速、来
年
にSonetto
Classicsと録音を作るように働きかけてみたところ、自分の最初のアルバムを是非、との反応。じっくり計画を話し合うことになった。とは言え、これ
だけの逸材だと、他のレーベルにあっさり攫われてしまう予感もする。
2月末頃になると思うが、ニレジハージのアルバム制作のためのクラウド・ファンディングのキャンペーンをKickstarterで開始する。目標額は
4000ポンドで、もし金策が出来なければ貴重な録音は世に出ない。現在、ビデオを制作しており、6-7割方完成しつつあるところ。ビデオは英語版のみな
ので、2月に入ってから日本語版読者のためだけに少しずつ情報を小出しにしていく形にしていきたい。
1.21.2016
英国の著名な音楽ジャーナリストで、アルバムのノートも担当したジェシカ・ドゥシェンがアルバムと来る発売記念コンサートについて記事 を書いてくれた。少なくない影響があると思う(彼女は過去にソコロフやプレトニョフのアルバムのノートも
担当したことがある)。
要約すると、アルバムのノートについては「昨年でもっとも楽しかったものの一つ」とし、アルバムについては「息詰まるような音楽的体験」、そして自身を
「彼の演奏を聴くのが待ちきれないものの一人」と書いている。あとはアルバム、アンジェロ、コンサートの紹介。
1.20.2016
来月の4日、ロンドン、サウスケンジントンにあるVernon Ellis
FoundationでCDの発売記念コンサート・パーティが行われる。トリスタン幻想曲(世界初演)を含む数曲が演奏される予定。チケット(20ポン
ド、ドリンク・つまみ含)を購入すればどなたでも参加できる。詳細はこちら から。ノーマ・フィッシャー、ジェシカ・ドゥシェンなど、ロンドンの楽界の重要人物たちも来る予定。
会場で「サイトを見た」と話しかけてくだされば、ヴィラーニ達に紹介します。
1.15.2016
私が聴いたパヴェル・コレスニコフのウィグモア・ホールでのライブだが、BBCで全英中継されていて、一カ月の間、オンライン で
録音を聴くことができる。日本ではブロックされているかもしれないけれど。
このような細部にまで見事に弾かれた演奏がどのように生まれたのか?コレスニコフを教えたノーマ・フィッシャーがリサイタルの後、王立音楽大学のレッスン
に招いてくれた。生徒は三人。ホセ・イトゥルビ国際コンクールの覇者、ルカ・オクロスも生徒として来るという。
最初の中国人生徒に教えている際、ノーマはメインのリストの楽曲に移る前に、次の基本エクササイズを課していた。
1) 常に片手ずつ行う。
2) ドレミファソファミルドを5本指で弾く。
3)
この際、一つの音を「ド・ド・ド・ド....」とゆっくり8回弾いてから次の音に移る(4分音符=60程度)。1回目から4回目まではクレッシェンド、5
回目から8回目まではデクレッシェンド。ピアニッシモで始め、ピアニッシモで終える。常にレガートで音と音をつなげる。
4) 一つの音から次の音に移る際、指のレガートで音を重ねる。例えば、親指による8回目のドと、人差し指による最初のレの音が重なる。
簡単なようで、きちんとやるのは難しい。実際、中国人生徒はこれに苦労していた。例えば彼の場合、左手の薬指で滑らかな強弱変化とレガートが出来ていな
かった。メインのリストの作品でも音符は弾けていたが、ガチャガチャとした印象があった。
このエクササイズはノーマ独自の教授法で、指のメカニクスに関するとある本を読んで思いついたのだという。本人が小さいころからやってきた、というわけで
はないらしい。もう一つ、親指移動時のレガートに関するエクササイズもあったようだが、それは生徒が練習してこなかったために聴くことができなかった。
こういった基礎練習によって、指の微細なコントロールとレガートを身につけることが出来る。例えばラン・ランは素晴らしく速くことが出来るが、演奏にはひ
どく粗雑な印象がある。レガートやフレージングの細部が粗いからだ。一方、コレスニコフの演奏は音の一つ一つにまで注意が行き届いていた。もちろん、ノー
マの教授法だけではなくて彼の卓越した才能もあると思うけれど。
1.11.2016
新年は二連でウィグモアホールでのコンサート。ダニエル・ベン・ピエナールはイマイチだったものの、ノーマ・フィッシャーの弟子だったパヴェル・コレスニ
コフの演奏には驚いた。まだ20代前半。表現主義者ではないけれど、純粋な演奏能力にかけては圧倒的な高みにある。彼ほど自然に、かつ自在にピアノを扱え
るピアニストが世界にどれだけいるだろうか。まだ国際的に著名とは言い難い。だが、ごく近いうちに彼の名前をそこら中で耳にするようになるだろう。
レビューはこ
ちら。
1.09.2016
帰省時に牛田智大という青年が「子犬のワルツ」を弾いているのを日本のテレビで観た。あとで調べたら「メレンゲの気持ち」という番組だったようだ。演奏の
良し悪しを言う以前に音質が気になった。マイクがピアノの弦に近すぎるのである。映像でもピアノの中に突っ込まれるように設置されたマイクが確認できた。
これではグランド・ピアノの豊かな響きは捉えられないどころか、弦の音が一切の残響なしにむき出しに記録され、安っぽいキーボード音のようになる。ピアニ
ストが可哀想だ。
通常、クラシック音楽のピアノ録音は、楽器から2mほどの場所にマイクスタンドを置き、さらに比較的高い位置に二本のマイクを設定して行う。私がライブ録
音を行う際には、ピアノの尾部1-3m程度の高い位置にマイクを設置する。アンジェロの録音はこの二つの位置に2本ずつ設置している。
個々の弦から出た音が「ハコ」の中で混ざり合い、共鳴し合ってから外部に出てくるのが本来のピアノの音だ。さらにホールトーンによって音が増強されること
で、響きはより豊かになる。テレビ収録の現場では残響や聴衆の咳のような「場」の音は忌避されるのかもしれないが、ピアノ録音では近接マイクこそ忌避され
るべきだ。だいたい、ピアノの中に頭を突っ込んで演奏を聴きたい人がいるだろうか?
1.08.2016
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
年末は日本に帰省していた。日本の関係者とも面談し、アンジェロ・ヴィラーニのアルバムを日本盤として店頭に出すことや、5月の来日公演のパンフレットな
どについて話し合った。アルバムは春には日本盤として店頭に並ぶだろう。アルバムはすでに英国 、イタリア 、フランス のAmazon
を通じて入手できる。ドイツとスペインのAmazonについても準備中。また、2月4日にCD発売記念コンサートがロンドンで予定されている。
http://www.amazon.co.uk/Angelo-Villani-Plays-Dantes-Inferno/dp/B019BBO0VS
ニレジハージの新プロジェクトについても進行中。法的なものをクリアしてから詳細を発表したいと思う。クラウドファンディングで資金調達を行うことを考え
ているので、そろそろキャンペーン用のビデオを制作しないと....。
先月、新進気鋭のピアニスト、ルカ・オクロスのリサイタルをウィグモア・ホールで聴いた。レビューはこちら 。