サイト更新情報

9/29/07
「チェット・ベイカーとニレジハージ」

ジャズには破滅型の天才が多く、ドラッグの汚染も手伝って、引退と登場を繰り返したミュージシャンは結構います。その中でも、ニレジハージを思わせる生涯を送ったミュージシャンと言えば、やはりチェット・ベイカーになるでしょう。

http://www.youtube.com/watch?v=D5cLdZfx2RA

彼の名前を知らない人でも、中性的な男性の歌声の「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を聴いたことのある人は多いでしょう。彼は、1950年代、チャーリー・パーカーらとの共演を経て頭角を表し、西海岸に颯爽と登場しました。アンニュイな歌声、マイルス・デイヴィスの影響を受けたクールなトランペット、そして俳優のようにハンサムな容姿も手伝い、一時期大変な人気と評価を受けました。マイルスもベイカー人気については、自伝で嫉妬まじりの記述をしているほどです。しかし、1960年代中頃からドラッグのやり過ぎで歯を駄目にしてしまいます。そして、喧嘩で残る歯も折ってしまいます。その後のキャリアは下り坂。ムード音楽の録音で稼ぎつつ、ときにはガソリンスタンドで働いていたこともあったようですから、ちょっとニレジハージ的ですね。1980年代に、エルヴィス・コステロのアルバムで吹いたことがきっかけで、メインストリームに復帰します。そして、彼は1988年に59歳で転落死しました。ドラッグが遺体から検出されています。

「Let's get lost」という、最晩年のベイカーを描いたドキュメンタリー映画があります。そこに登場したのは、ボロボロに年老いた、愚かなジャンキーでした。長年の不摂生のせいで、顔は皺だらけ、50代だったのが90歳くらいに見えます。それでも常に「なんとかしてあげたい」という女性は後を絶たなかったようですから、母性本能というものは摩訶不思議なものです。

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9/27/07

GYORGY SANDORというピアニストのインタビューです。CHARLES BERIGAN と FRANCIS ROMANOがインタビュアーです。伝記にも一部引用されています。
http://www.pianoworld.com/ubb/cgi-bin/ultimatebb.cgi?ubb=get_topic;f=12;t=000092;p=0


GS.......もう1人興味深いハンガリー人のピアニストがいる。伝説であり、話題になった人物だ。ニレジハージだよ。彼を知っているかい?

FR: 彼の演奏はよく知っているよ。若い頃、彼のレコードには吃驚したものだった。でも今はそんなことはなくなったけどね。

GS: 彼はとても変な奴だったよ。神童で、気違いじみていて、そして素晴しい天才だった。1920年代か30年代、ブダペストで彼を聴いた。彼はリストの「Totentanz」を弾いた。易しい曲じゃあない。はっきり覚えているのは、変奏曲の一つにもの凄く速いフォルテッシモのパッセージがあるんだが.......自分たちは違う指をつかってなんとかやるようなパッセージだ。でも、彼はまるでアスファルトを掘るかのように、杭を打ち込むみたいに一本指で演奏したんだ。信じられないような力とエネルギーでね。それはもの凄いものだったよ。



(更新情報)ニレジハージのトップページのデザインを大幅に更新しました。英語版のトップページをもう少しスッキリさせたいんですけど、ニレジハージの生涯の詳しい説明がない分、トップページに説明は入れておいた方がいいだろうし、見た目と実用のバランスが難しいところです。他のページも少しずつ変えていくつもりです。


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9/25/07

ここのところ物凄く忙しいですが、なんとかがんばって更新します。ショパンの「マズルカ(Op6」の演奏を 「晩年の未発表録音」(クリック)にアップしました。Old First Churchで、「二つの伝説」の直後に弾かれています。

日本の政変はアメリカでも大きく報道されています。ところで前首相、実質的に赤の他人なんですけれど、一応、私の遠い遠い親戚にもあたるんですよね。それは別としても、私も、少し前にストレスと疲労で体調不良に陥ったばかりなので、彼には同情を禁じ得ませんし、途中で仕事を降りざるを得なかった彼の無念さもわかります。音楽でも聴いて、ゆっくり休んで頂きたいものです。

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9/21/07

アンジェラ・ヒューイットのバッハ協奏曲集(Hyperion)。このCDに含まれている音源は、たしか昨年度の英グラモフォンで賞を取ったものと同じではないかと記憶しています。あの雑誌の英国贔屓、英国宣伝には、常日頃からうさんくさいものを感じている私としては、英国籍(+カナダ国籍)のピアニストによる英国レーベルの録音、ということで、「どうせ、いつもの提灯受賞にちがいない」と決めつけてしまい、ごく最近まで聴くことがありませんでした。

いざ聴いてみると.........これが凄くいいのです。ライヴではないようですが、小さなミスがそのまま収められていること、全セッションが5日だけであることを考えると、一発録音に近いのでしょう。それにも関わらず、音楽的な完成度は物凄く高いです。

ヒューイットが数年前からファツイオリFazioliというイタリアの家具メーカー制作のピアノを採用しているのは有名ですが、そのピアノの音が生きています。目がよく詰まっているのに、固すぎず、しっとりとよく歌う音。スタインウェイの金属的な音とは一線を画す、下から上の音まで、均一に慎ましい、品の良い、木の香りのする音が鳴っています。高音などは、マリンバのように聴こえる瞬間もありました。

羽毛のように軽やかなリズムにのって、どこまでも流麗に、優雅に弾いています。例えば第四番の第三楽章、右手はまるで口笛を吹いているかのように歌っています。この歌心、ピアノの音色の素晴らしさに感じない人がいたとしたら、その人は相当鈍感な人でしょう。中間楽章でも、人間味を感じさせる豊かな表情にも関わらず、押し付けがましさ、わざとらしさがまったくありません。同郷の偉大な先輩、グレン・グールドの影響をうけつつ、よりピアニスティックに、ナチュラルに演奏しています。

彼女は右利きなのでしょう。左手よりも、右手の方が表情、リズムともに洗練されています。そのせいか、左手の比重が大きくなる場面で、それまでの絶妙なリズムとキレの良さが変わるように聴こえてしまいます。しかし、こんなささいな欠点をあげつらうのが申し訳ないくらい、右手のアーティキュレーションは見事です。

最後に、このCDの隠れたスターとして、トグネッティ率いるオーストラリア室内合奏団の素晴らしい演奏に触れないわけにはいきません。というより、この名演は彼らのイニシアティヴがあってこそ達成されたようにも聴こえます。精妙かつ自在な表情付け、素晴らしいリズム感、全編のどこをとっても聴き惚れてしまうほど。ヒューイットのピアノがオーケストラに溶け込みつつ、あれほど魅力ある独奏として聴こえるのも、この名人芸的サポートあってこそです。このトグネッティというヴァイオリニスト&指揮者、大変な力量の持ち主のようです。

素晴らしい!

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9/18/07

「The Essential Sibelius」

Music and ArtsのCD、少し発売が遅れるようです。たぶん、数週間でしょう。情報が入り次第、お知らせします。

突然ですが、一期一会の姿勢が伝わってくる寿司屋というのは、何度でも通いたくなります。いくらうまい寿司でも、威張りくさっていたり、ベラボウに高い値をつける寿司屋は興ざめですし、かといって、場末の回転寿司のように、「安かろう悪かろう」では殺伐たる後味が残るだけです。レコードでも同じです。商売根性ではなく、まず作り手の熱意がまっすぐに伝わってくると、やはりうれしいものです。残念ながら、そういうレコードもあまり見かけなくなりました。

そんな中、昨年末にBISから登場した、「The Essential Sibelius」(BIS-CD-1697/1700)は、作り手の熱意と愛情が伝わる素晴らしいセットでした。シベリウスの重要作を網羅した15枚組がたった数千円。しかもヴァンスカやオッターをはじめとする優れたアーティスト達による決定版の演奏、透明度の高い素晴らしい録音ばかり。内容と値段のギャップが良い意味でこれほど大きいセットも珍しいです。

しかし、私が一番心を動かされたのは、このセットにそこかしこに垣間見える、「最高のシベリウス演奏をより多くの人に聴いて欲しい」という作り手の思いでした。例えば、CDを包む内パッケージです。これくらいの格安廉価版のboxセットでは、ハードな紙ジャケットを使うのが普通です。紙ジャケットの方が値段はより安く済むのだと思いますが、下手をすると、紙の折れ目でCDが傷ついてしまうおそれがあります。BISは、このセットでソフトな紙とビニールを組み合わせたものを採用しています。これならCDは傷つきません。また、冊子は普通、英独仏の三か国語が普通なのですが、BISは出費と手間を惜しまず、日本語の解説を加えています。

ついさっき気づきました。冊子の冒頭に、社長のRobert von Bahr氏のシベリウスへの熱い思いが書かれていました。それによれば、彼は、1973年に「シベリウスによって書かれた全ての音符を録音する」という壮大な夢を抱いたのだそうです。そして、25年かけて、「"夢"への前奏曲となる」このセットの発売に漕ぎ着けた、とのこと。やはり........という感じです。気持ちがセットに出ていました。こういう人、こういうプロジェクトは応援したくなります。von Bahr氏に感謝+応援メッセージを送ってしまいました。

このセット、出来るだけ多くの人に買ってほしいものです。また、この内容なら一生楽しめるセットだと思います(私はBISとは何の関わりもないので、念のため)。


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9/12/07

「トリスタンとイゾルデ」

カナダのドキュメンタリー番組のBGM用に録音された、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」より、「愛の死」の演奏をアップロードしています。1978年の録音です。この演奏、技術的なキズは多いのですけれど、曲の精神を捉えたという意味では比類の無いもの。

「晩年の未発表録音」からどうぞ(クリック)。


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9/10/2007

http://www.fordfound.org/elibrary/documents/0213/041.cfm

フォード財団のページに、彼らが70年代後半に援助したニレジハージのことが書かれてあります。フォード財団は、車メーカーで有名なフォード家が設立した非営利財団で、70年の歴史を持ちます。芸術、チャリティ等、いろいろな活動に資金を供給しています。ニレジハージの事は、音楽の最初のページに記載されていますので、フォード財団としても重要な業績と見ているのでしょう。

"ニレジハージについては、財団の資金は昨今の音楽の伝統を保存するのに貢献があった。かつて伝説に近い位置にいたピアニストだったニレジハージは40年もの間、公衆の目から姿を消していた。1978年、彼はサンフランシスコの場末に住んでいるところを発見された。彼は73歳だったが、まだ19世紀のロマンティックなヴィルトオーゾのグランドスタイルで演奏していた。財団は一連の録音によって彼の演奏を記録し、それらは、ボストン・グローブ紙の批評家によって以下のように評された。
「誰も聴いたことがないような演奏だ--------唯一似ているのは、本で今日読むことができる、リスト自身の解釈だけだ」"


当時のフォード財団理事長は、マクジョージ・バンディでした。バンディは、Desmar盤を聴いて強い感銘を受け、ニレジハージと、Desmar盤をプロデュースしたベンコーに資金を提供し、それによってコロンビア-Materworksから二枚のLPが作られました。

バンディは、アメリカ政治史の上では重要な人物です。フォード財団理事長になる前は、ケネディ、ジョンソン両政権の大統領国家安全保障補佐官を務め、若いころから大変な俊英として知られていました。ケネディ政権の閣僚達は、「ベスト・アンド・ブライテスト」と形容される全米最高の秀才達で構成されていましたが、バンディはその筆頭で、政権入りする前に、なんと30代でハーバード大学の学部長になっていました。キューバ危機を描いた映画「13days」では、クールな、ちょっと嫌味な感じのする人物として描かれていましたが、ケネディからの信頼は厚かったようです。

そういえば、1930年代、ニレジハージはケネディの父親、ジョゼフ・Pの愛人だった、女優のグロリア・スワンソンと付き合っていました。ケネディとニレジハージには不思議な縁があるようです。




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9/7/2007

ルチアーノ・パバロッティが数日前に亡くなりました。71歳。まだ若いですね。膵臓がんだったようです。
彼の名唱というと、私にとっては、60年代、70年代前半の頃の録音になります。印象に残るのは、カラヤンと吹き込んだ「ボエーム」でしょうか。「冷たき手」には、彼の最良の面が出ています。若い頃のパバロッティは、技術はもとより、音楽的にも本当に素晴らしいものがありました。

メトの元総支配人ジョー・ヴォルペの本によれば、賢明で、享楽的で、プロフェッショナルで、そして、意外にも上司のヴォルペ以外に(男性の)親友がいない、という孤独な一面を持つ人物だったようです。

パバロッティは、歌手としての力が落ち始め、巨体のために舞台で動けなくなった後半生、コンサート活動に重点をおき始めました。そして、アメリカの音楽ビジネスのシステムにのって、オペラ歌手を超えた存在になりました。芸術家というよりは、エンターテイナーとしての一面が前面に出てきました。マイクを使って巨大スタジアムで歌い、ロック歌手と競演し、三大テナーの1人として世界中をまわりました。いわゆる、「口パク」でそういったコンサートを開いたこともあったようです。コアなクラシック音楽ファンや批評家はこういった活動に眉をひそめていたものの、一般の聴衆からはとても愛されていました。

パバロッティの一般での知名度を示す一例として、とあるハエの遺伝子には彼の名前がついていてます。その遺伝子が欠損すると、細胞が巨大化することから、その突然変異体に、"パバロッティ"の名がつけられました。彼の存在が、単にクラシック界に留まらず、ジャンルを超えてひろく認識されていたことを示す良い例ですね。

更新情報)1973年、ニレジハージのForest Hillでのコンサートの録音より、リストの「悲しみのゴンドラ」をアップロードしました(クリック)。これは、ワーグナーの死を悼んで作曲されていますので、今日のエントリーに相応しいかもしれません。ただ、この録音、冒頭27秒が欠落しております。マスターテープに由来するものではないかと思います。
 
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9/4/2007

リスト、巡礼の年第1年、「スイス」より第7番「牧歌」の録音を、「晩年の未発表録音」のページにアップロードしました(クリック)。1972年の12月、活動再開のコンサートの録音です。
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9/2/2007

テナーは何故若死するのか?「テナー達の死因ーハイCもほどほどに」で議論しています。「Intermezzo」(クリック)のページからどうぞ。

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9/1/2007

ここ一月没頭していたプロジェクト立案書の執筆(本職の方)がやっと終わりました。その疲れと、アラスカ旅行の疲労から回復するため、この土日はベッドで寝ているか、ギターを弾いているか、イクラ丼を食べているか、あるいはワインを飲んでいるか、という頽廃と充実の二日間を過ごしていました。

英国の雑誌、Pianoが、9-10月号でニレジハージを特集しています(クリック )。題名は「Infamous」というものです。執筆は、ピアニストのアントン・クェルティで、この素晴らしいピアニストについては、3/19のエントリーでご紹介いたしました。"Piano"のEditorの話では、このサイトについても紹介するということでしたが、私はまだ内容を見ていません。

Kevin Bazzanaの話では、New York TimesとWall Street Journalが「Lost Genius」の書評を載せるそうです。文化欄としては、全米のメディアでは一番いいところですね。これで本が売れるのは間違いないです。さらに、Wall Street JournalはKevinをInterviewするとのことでした。今週の火曜日にも記者が会いに来るようです。また、英国のInternational Pianoという雑誌も良い書評を書いたとのこと。

もう一つ、Lost Geniusの邦訳が決定しています。何度かご紹介しているPianophilia(クリック)の管理人の方が、私と、音楽評論家のMさんとのミーティング、というか飲み会を4月にセットアップして頂きました。その流れで7月頃に決まりました。出版社名は言っちゃっていいのかな?そのうちわかるでしょうから、今のところは、伝統ある出版社、とだけ書いておきます。翻訳者の方も実績ある方です。Kevinが大喜びなのは言うまでもありません。私も、邦訳は出てほしいと思っていたので、なんか使命を終えた気分。

関係者の方々に、この場を借りてお礼申し上げます。