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         ヴェルディの聴いたラ音


現在の国際基準ピッチはA=440Hzである。しかし、このピッチが設定されるまで、紆余曲折があった。

17~19世紀の基準ピッチ

過 去のピッチを知る手っ取り早い方法は、当時の音叉を調べることである。これによれば、17世紀の段階では、A=370-560Hzという幅広いものだった が、少しずつA=420Hzに近づいて行った。例えば、ヘンデルの音叉はA=422.5Hzだった。ベートーヴェンが亡くなった時、ピッチはA= 433Hzまで上がっていたが、いわゆる基準ピッチというものは19世紀にはまだ設定されていなかった(1)。スタインウェイ社でさえ、435Hzから 460Hzまで、幅広いピッチを使っていた(2)。


ただ、A=440Hzという基準が提唱されたことはあった。ベートーヴェンの死から間もない1834年のことである。ウィーンのピアノ制作者の Stricherによるものである。この時、Johann Heinrich Sheiblerという物理学者が、ピッチを正確に計測する機器を発明し、1834年のシュトゥットガルトの物理学会でこの値をつかった(3)(11)。 Sheiblerの遺品の中から、「Stricher」の名を関した音叉がみつかっているから、二人の間になんらかの交流があったのは間違いない。ちなみ に、Stricherは、ピアノメーカーのSteinの義理の息子で、このSteinのピアノをモーツアルトが使っていた。Steinの使用していた音叉 はA=421.6だったことから、この値がモーツアルトの使っていたピッチと想像されている(11)。現代、低めのピッチでモーツアルトを演奏することが 流行しているが、その根拠がここにある。


オーケストラのピッチに関しては、19世紀に既にパリ音楽院とドレスデン国立歌劇場が、現在と同じA=440Hzを使っていた。しかし、これはどちらかと いう少数派で、オーケストラ、劇場、国によって驚くほどのピッチの違いがあった。全体的には、A=440hzよりも高いピッチをとる傾向があったようだ。 たとえば、イギリスのピッチはA=455Hz、アメリカのピッチはA=461Hzだったという(4)。ヴェルディが「我々がローマでAと呼んでいるのは、 パリではBフラット(10)」と嘆くほど、ピッチが混乱していた。リストやワーグナーも、高めのピッチを好んでいたという(10)。ということは、ロマン 派の曲は高いピッチで演奏された方が、作曲家の意向により沿うということになるのだが、そのようなことを提唱するアーティストはまだ現れていない。それに しても、バッハやモーツアルトではあれほど、当時のピッチの使用を唱えてやまないアーティスト達が、いざロマン派の演奏となると、そのこだわりを一切なく してしまうのは興味深い。彼らの言う「原典主義」とは、かなりいい加減なものらしい。


20世紀-基準ピッチの設定

20 世紀になって、ピッチをA=440Hzに統一しようという組織的な動きが出始める。それは、興味深いことに、新大陸アメリカからであった。1917年に、 アメリカ音楽協会、1920年にアメリカ政府、1925年に音楽業界がA=440Hzで合意する(5)。そして、ヨーロッパではやや遅れて、1939年 に、A=440hzが、ドイツのオーケストラの公式ピッチとして、ナチの宣伝相ヨーゼフ・ゲッペルスによって設定された(10)。最終的には、1953 年、国際基準協会がA=440Hzを国際基準として採用を見た。つまり、国際基準が設定されてから、まだ50年程度しか経っていないのである。

アメリカがいち早くA=440Hzを設定した理由だが、モダニズム的な発想に加え、アメリカが移民国家であることがあったろう。ピッチでもヨーロッパやロ シアの音楽家の間の標準語が必要だったのだ。アメリカが早期の基準ピッチを採用したことは、現在の音楽愛好家にも重要な意味を持つ。少なくとも、1920 年代後半以降に、アメリカで録音された歴史的録音の多くは、A=440Hzで再生すれば良い、ということになるからである。だが、ヨーロッパで録音された ものについては、我々が録音当時の正しいピッチ、テンポできいていかどうかを知る術はない。


現在も、アメリカのオーケストラのピッチはA=440Hzだが、ヨーロッパでそれが正しく守られているとは言えない。演奏者は、一般的に輝かしく聴こえる 高いピッチを好む。特に、東ヨーロッパの演奏家は、A=444Hzあたりで演奏することが多いという(ハンガリー生まれのピアニスト、アーヴィン・ニレジハージは 完全絶対音感を持っていたが、20世紀前半に計測された彼の基準ピッチはA=448Hzだった(6))。一方で、イギリスを訪れたロシアのオーケストラ は、A=435Hzで演奏していたという、1971年のタイム誌の記事がある(10)。このような地理的な違いを多少なりとも修正するため、ヨーロッパの コンサートホールには、いまでもA=440Hzと、A=444Hzの二種類のピアノが置いてあることが多いという(7)。VPOのピッチは、伝統的にA= 443Hzと言われている。


フルトヴェングラー指揮BPOのケース

さ てここで問題となるのがBPOである。フランス・フルトヴェングラー協会のLedoc会長に直接尋ねたことがあるのだが、彼曰く、戦時中から戦後にかけて BPOのピッチはA=440Hzだったそうで、フランス・フルトヴェングラー協会は、最近はこのピッチでCDを出している。また、ゲッペルスによってA= 440Hzが設定されたのが1939年だから、戦時中は、これに従っていたと考えるのが妥当だろう。しかし、戦後はどうだろうか。例えば、フランス協会が 初期に出した1954年のパリ・ライヴのCDなどは、ピッチがA=440Hzよりも高く、テンポも速い。Leduc会長が認めたように、A=440Hzが 守られていたのであれば、こういった盤は当時の演奏のテンポを正確に伝えていないということになるのだが(実際、後年発売された、パリ・ライヴの Tahra盤では、ピッチがA=440Hzに修正されている)、一方でそうとも言い切れない根拠がある。

「試 演や演奏に先立ち、オケに必要なAを恒常的に出してくれる電気製品の事を伺ったことがあります。あの機材の入手場所とその方法を教えていただければ、私と 親しい関係にあるVPOとBPOのために幸いです。これらのオケはいろいろな点で優れていますが、調律に関してだけはあまり自慢できません」

1949年7月、フルトヴェングラーがエルネスト・アンセルメにあてて書いた手紙の一部だ。つまり、ゲッペルスの在世中はともかく、戦後のBPOのピッチ は正確ではなかったらしいのである。つまり、再生時にきちんとA=440Hzに合わせてあるからといって、それが実際に演奏されたものを反映したものであ るという保証はまったくないのだ。スタジオ録音は問題ないだろうが、ライヴ録音についてはこの事を頭に入れておく必要がある。


VPOのケース

一方、VPOがA=443Hzを超えることは少なかったろう。彼らのほとんどは、本職として、ウィーン国立歌劇場でオペラ公演をこなさねばならないからで ある。オペラのオーケストラは、歌手の高音が律速段階となるため、ピッチをやたらあげることができない。ピッチを低くしたい歌手と、一方で音を輝くさせた い指揮者/オーケストラの中間あたり、つまり精密な機械がなかったとしても、A=442-3Hzあたりが定常的な値となる。とはいえ、ウィーンの監督を二 度務めたベームの回想によると、1940-60年代にウィーンで活躍したバリトンのシェフラーは絶対音感の持ち主(その割に音程が怪しいのだが、聴覚と歌 は別なのだろう)で、彼が歌う時には、常に音叉でオーケストラのピッチを低く保つ必要があったという。それにも関わらず、オーケストラのピッチは演奏中に 上がり続けていったという。


カラヤン・チューニング」の登場

コ ンサートオーケストラであるBPOの場合、ミサ曲等の公演を除けば、歌手という「足かせ」がない。少なくとも、彼らがザルツブルグ復活祭音楽祭で、短期間 のオペラ公演を行うようになるまではそうであった。まして、輝かしい音を好む指揮者の手にかかれば、ピッチがどんどんあがっていってしまう危険性がある。 その一例がカラヤン指揮のBPOのピッチである。ある時、スタインウェイ社のFranz Mohrが実測したところ、A=446Hzだったという。これが、いわゆる「カラヤン・チューニング」である。1960年代のカラヤンのヴィデオなどを再 生すると、A=446Hzどころか、なんと半音高い場合さえある。カラヤン時代のBPOが、よく言えば輝かしく、悪く言えばけばけばしく聴こえる理由の一 つだ。BPOはカラヤン以降も、445Hzあたりのピッチを使い続けている。BPOがかつてのドイツ的な暗い音色を失ったと囁かれる一つの原因に違いな い。しかし、BPOと言えども、上限はあって、あまりに高すぎると、今度はピアノやオルガンなどのソロ楽器や、ピッチを変えることが出来ない大多数の打楽 器との擦り合わせが難しくなるのだ。例えば、アバドがポリーニと共演した際は、あらかじめA=443Hzで演奏する取り決めがなされたそうだ(ちなみに、 普段のポリーニは高音を高めに、低音を低めに調整するという)。


「もっと低く!」

さて、最近の流れだが、あまりに高くなりすぎたピッチを下げよう、という動きが出てきている。ピアニストのアンドラーシュ・シフは、445Hzあたりの 「カラヤン・チューニング」を修正するため、最近、ザルツブルグ音楽祭で会議を開いた。この会議では、BPOとVPOのメンバーや歌手、指揮者が招かれ た。歌手のヒルデガルト・ベーレンスは即座に賛成し、BPOとVPOのメンバーもためらったのちに賛成した。しかし指揮者のブーレーズが議論を打ち切った ため、結局何も決まらなかったという(8)。

アマデウス弦楽四重奏団のBraininは、低めの調律を提唱し続け、コンサートでそれを実行している。彼はいわゆる絶対音感保持者で、低めの調律を使う 最大の理由が、「私のヴァイオリンの音がより美しく鳴る」というものであった。実際、彼の持つストラディヴァリは、A=432Hzで最適の共鳴スペクトラ ムを出したという(9)。他のストラディヴァリも同じ結果が出たそうである。もちろん、ヴァイオリンの経年変化を考慮に入れる必要はあるが、数十年に渡っ て作成されたストラディヴァリウスの最適値がA=432Hzであった、という事実には低めのピッチをとる根拠として一定の説得力がある。

レナータ・テバルディをはじめとする演奏家、一部の研究者達も、A=432Hzでの演奏を提唱している(10)。この理由は、ヴェルディが、1884年に イタリア政府に「A=432Hzで統一すべき」と訴えた手紙を根拠にしている。ヴェルディは当時、ピッチがA=450Hzだったという理由で、自作のオペ ラの指揮を拒否したことさえある。この事から、A=432HzをヴェルディアンAと呼び、そのピッチで歌うのが正しい、という意見が出てきたわけである。 たしかに、テバルディもA=432Hzであれば、あのように高音がぶら下がることはなかったかもしれない。

基準ピッチをめぐる綱引きはまだまだ続きそうである。

(以上は、とあるサイトの掲示板のために書いたものを再度編集し直した)

1) http://www.straight88s.com/pnodates2.htm
2) (http://www.uk-piano.org/history/piano-tuner-history.html)
3)(http://mozartpiano.com/pitch.html)
4) Standards of the Frequency of Pitch by Ed Lacey
5) (http://www.ptg.org/pipermail/pianotech/2000-November/074019.html)'
6) Psychology of a music prodigy by C. Revecz
7) Standard Pitch Or Concert Pitch For Pianos by Barrie Heaton
8) (http://www.schillerinstitute.org/fid_02-06/021-2schiff.html)
9) http://www.schillerinstitute.org/highlite/2005/brainin_obit.html
10)http://www.schillerinstitute.org/music/rev_verdituning.html

11) http://www.mozartpiano.com/articles/pitch.html


(2007.9.3)

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