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38歳頃のニレジハージ



スラム時代のニレジハージの録音断片(1929-44)

1925年以降、ニレジハージのキャリアは崩壊しており、ニューヨークやロスのスラムでの貧困生活を余儀なくされていた。ピアノロール録音も 1927年に行われたのが最後である。しかし、ごく稀に開くリサイタルはどれも絶賛されており、そのピアニズムについては、大スターだった青年期以上、と いう評価さえ受けていた。シェーンベルグやレーヴェンタールが、ニレジハージに驚嘆したのはこの時期である。様々な情報を総合すると、1930-40年代に彼はピアニストとしてのピークを迎えていたようだ。しかし、それを証明する録音記録はほとんど存在しない。

ただ、彼の足跡はぼんやりとであるが残されている。彼は日々の生活費を稼ぐため、数本のB級ハリウッド映画に出演して、パーティーシーン等で、画面の脇に 登場するピアノ弾きの役をやった。その中のいくつかで、断片ではあるが、彼のユニークなリスト演奏を聴く事が出来る。また、このスラム期はニレジハージの 写真さえ非常に少ないので、こういう形で彼の映像が残っていたのは貴重である。また、状態が悪いものの、ラジオ放送録音由来の断片が存在している。しか し、今となっては、これら断片のみが、リストの再来と言われた人物のピークをマイクが捉えたものの全てなのである。録音全盛時に入っていただけに、なんと もやりきれない話である。


映画内の劇中演奏


Lost Zeppelin (1929)



「Lost Zeppelin」(1929)の1シーン。 ピアノを弾く26歳頃のニレジハージ。以下はその劇中演奏。



「Lost Zeppelin」は、1929年の冒険映画である。ニレジハージはパーティのピアニストとして、 8:24 to 9:06(リスト:ハンガリアン狂詩曲第12番), 9:18 to 10:20 (リスト:愛の夢第3番), 10:20 to 10:53, (リスト:ハンガリアン狂詩曲第12番)、および、 1:01:04 to 1:01:25, (リスト:愛の夢第3番) に登場し、ピアノを弾く。ここでは、はっきりと演奏が聴き取れる後者二つの演奏のみ、アップロードしてある。どちらも、ランプが突然倒れる音で演奏が中断 するので注意。比較的良い音で、ロマン主義の極みのような、実に濃密な彼の表現が聴ける。嫋々たる表情、右手と左のタイムラグ、アルペジオ、豊麗なフレー ズ、どれも、ピアノロール録音以上に彼の特徴を伝えている。



5/5/07追加)
以下より一部の映像を見ることができる。制作はピアニストのAndrew Thayer氏。
http://www.youtube.com/watch?v=bNTU6Ogoudw



Soul of a Monster (1944)





「Soul of a Monster」(1944) より。無表情にリストを弾く41歳頃のニレジハージ。




1944年のB級ホラー映画「Soul of a Monster」では、陰鬱なピアニスト「アーヴィン」として数分登場し、リストの「スペイン狂詩曲」と「メフィスト・ワルツ」を 弾く。「スペイン狂詩曲」では、ニレジハージは強烈な左手の打鍵を駆使しつつ、力と美しさに満ちた演奏を展開している。映像の中のニレジハージの姿勢は、 記録に描写された通り端正で、肩から上は微動だにしない。また、難しいパッセージでも表情を変えることがなく、やすやすとこなしている。拍手を受け、いっ たん、ニレジハージはソファに腰掛ける。雷鳴がいいバックグラウンドになるんじゃないか、と演奏を続けるように嘱望され、「Parhaps, it would」と、特有のしゃがれ声で一言台詞を喋って、爆発的な「メフィスト・ワルツ」の演奏に入る。残念ながら、登場人物のセリフが重なったり、雷鳴の 音でピアノの音は背景に追いやられているのだが、この演奏のキレはどうだろう。ニレジハージは1972年12月17日のセンチュリー・クラブでのリサイタ ルで、この曲を取り上げているのだが、30年の歳月は残酷である。もはやここにある推進力、タッチの鋭さ、優れたコントロールから来る構成力は失われてし まっていた。
(イコライザー処理前のヴァージョン

(10/2/07) 映像はこちらから。


The Beast with Five Fingers (1946)(五本指の野獣)



映画の後半、クライマックスで鍵盤上を自在にかけまわる左手。特殊撮影も見事。ご丁寧に切断面に骨と血管まで入れている。ピーター・ローレ演ずるヒラリーが、恐怖のあまりに左手を抑えてしまうため、演奏が途中で止まる。




1946年のホラー映画「The Beast with Five Fingers」は、おそらくニレジハージが関わったとされる映画の中で、もっとも評価の高い作品である。ある人物の死後、その左手が人々に復讐してい く、という筋書きで、もともと、この映画は、あのルイス・ブニュエルが原案を出したそうである。「M」で有名な名優ピーター・ローレの存在感もあり、一部 で根強い人気があるようだ。
ローレは、半身不随のピアノ弾きイングマルの秘書ヒラリーとして登場する。ヒラリーとイングマルは遺産をめぐって争っていた。そんな折、イングマルは階段から落ちて死亡する。その後、その左手による殺人が次々と館で起こり始める。
ニレジハージが演じているのがこの左手であるという(演奏シーン以外の左手は監督のものらしい)。また、生前のイングマルが、劇中で左手用に編曲された バッハのヴァイオリン無伴奏パルティータ第二番の終曲「シャコンヌ」を演奏しているが、この演奏もニレジハージによるものとされる。

鋭利かつ重厚な演奏はいろいろな箇所で聴かれるが、はっきり聴き取ることができるのは、次の三カ所だ。まず、冒頭、ピアニスト・イングマルによって自宅で演奏されるシャコンヌの冒頭の主題が回帰する部分から終結部(シーン1)、曲の冒頭部分(シーン2)。それから、映画のクライマックスとなる後半部、ローレ演ずるヒラリーの幻想の中で、左手だけが暗闇の中、シャコンヌの後半部を奏でる不気味なシーンである(シーン3)。

2010年追記)Kevin Bazzanaの追調査によれば、この映画にニレジハージが関わっているという確たる証拠は見つからなかった。ローレの伝記などにも記載されていた情報だったが、結局のところ、誤りであったらしい。日本語版からは当該箇所が削除されている。

2021年追記)映像は こちら。ここで演奏しているピアニストはVictor Allerというワーナーの音楽部門にいた人物で、ピアニストとしても優れており、ジョゼフ・レヴィーンに学んだ。Hollywood String Quartetと多くの録音をキャピトルに残している。2012年にJudith Allerが「The Unseeman In Hollywood」というエッセイで、このシーンが父親のVictorによってなされたことを書いている。編曲もブゾーニとバッハを元にAllerが書 いた。

ニレジハージによると思われる録音の断片

1935年頃から、ルーズベルト大統領の「ニューディール政策」の一貫で、「連邦音楽プロジェクト」が施行された。これは、アメリカ国内の演奏家達に公演 の機会を与えるもので、ニレジハージも1936年以降、頻繁にこれに参加しており、リストの協奏曲などを弾き、「当代最高のピアニスト」「息を飲むよう な」などと絶賛を浴びた。このプロジェクトの宣伝用のディスクに、ニレジハージと思われる演奏が記録されている。曲は、Cameron O'Day MacPherson作曲の、「Before the dawn」というもので、彼の特徴はあまり聴こえないものの、流麗で達者なピアノ演奏が収められている。