サ イト更新情報
fugue.usは、幻のアーティスト達、忘れられた作品、隠されたエピソードなどに光をあてていく事を目的とした非営利サイトです (営利事業は管理 人が 運営する英国の レーベルSonetto Classicsによって行われています)。

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4.3.2024

先月31日をもって日本を飛び出してから25周年を迎えた。この間、仕事でもプライベートでもいろいろな出来事があったが、ここではニレジハージをトピックの中心に据えて振り返ってみる。

私は1999年4月1日より、米国サン・ディエゴのソーク研究所に1年間所属した。初めての米国生活だったことに加えて、当時のボスがクレージーだったこ ともあって、最初の1年は音楽の事を考える余裕などなかった。2000年春にシアトルのフレッド・ハッチンソン癌研究所に異動し、良い環境の元で余裕も出てきて、ちょっとした演奏活動も行うようになった。最初にニレジハージに関 わり始めたのがこのシアトル時代である。

私にとって2003年という年は仕事においては豊穣の年で、論文が5報も出た上、米国血液学会(ASH)と白血病・リンフォーマ学会(LLS)という、
二つの米 国 の組織からスカラ―賞を同時に貰った。一方で、仕事での幸運とバランスをとるかのようにプライベートでは不幸、不運続きだった。まず、4月に長 年闘病 していた大学時代の同級生がリンパ腫で亡くなった。卒業後も時々メールを交換する間柄で、その年初に帰国していたのにも関わらず、「まあ、今回はいいか」と病床の彼女の見舞いに行かなかった。それを知った本 人はメールで「ばかやろー」と怒ってきたのだが、それが死の1-2週間前だった。この時に受けたショックが影響したのか、直後にシアトルで大きな自転車事故を起こして頭を強打し、救 急車で運 ばれた。さらにその数週間後には山中で落馬、肘を完全脱臼してまたもや救急搬送。病院から戻ってきたところで祖母の訃報が届いた。目の周りには痣があり、吊った右手は丸太のように腫脹していたが、あちこち痛む体をおして帰国し、葬式に出席した。その頃は毎月のように悪い出来事が起きていたため、飛行機が無事に日本に着いた時は意外に思ったものだ。

大袈裟にとられるかもしれないが、当時はその年を生きて乗り切れる自信がなかった。そこで、金をこのまま遺しても仕方ない、積極的に金を使ってしまおう、 と決めた。考えたのが音楽関連のアンティークの購入である。音楽ならば、贋作に惑わされることなく、真に価値あるものだけを買えるだろうと考えた。 調べてみると、作曲家の自筆譜などのメモラビリアには掘り出し物 がまだ沢山眠っているように見えた。その時にふと頭をよぎったのが、子供の頃に父のLPで聴いたニレジハージの事である。彼は一時期、楽界を著しく賑わせたが、2003年ま でにはほぼ完全 に忘れ去られていて、よほど熱心なクラシック音楽好きでも名を知らないような存在だった。だが近い将来、その状況もまた変わるのではないかと思ったのである。

最初に購入したのが、1920年のカーネギーホールのデビュー公演の
ポスターだっ た。購入記録を見て私に連絡してきたのが、カナダ在住の音楽学者であるケヴィン・バザーナである。当時、彼はニレジハージの最初の伝記、後にLost Geniusと呼ばれることになる作品を執筆中とのことだった。そ こから毎日のようにバザーナとメールのやり取りが始まり、Lost Geniusプロジェクトや、彼の過去の研究対象のグレン・グールドについて意見を交わすようになっ た。

その後は既に書いてきた通りである。一枚のポスターが、バザーナの伝記のための取材、fugue.usの開設、Lost Genius邦訳版 「失われた天才」の企画、英国移住を経てSonetto Classics設立、高崎アーカイブの取得、CDニレジハージ・ライブ・シリーズのリリースへと私を導いていくような形になった。さらに一連のニレジハージ関連の活動が名刺となって、内外の研究者、批評家、出版社、音楽家との繋がりができ、彼らと一緒に仕事もするようになった。そんな中でプロデュースした一枚が、2020年のハンガリー・リスト協会国際グランプリ・ディスクに選出。まるで「わらしべ長者」の物語の ようにも見 えるが、違うのはお金が貯まらずにひたすら出ていったという点である。ただ自分の世界は確実に広がった。

あの時、もしニレジハージのポスターを買っていなければ、この25年は、私にとって少々退屈なものになっていたのでは、と思う。とはいえ、はたして後世にずっ と残るような仕事が音楽の分野で出来たか、というと正直疑問なところはある。長い目で見て残るのは、せいぜい高崎のアーカイブを廃棄から救ったことになるかもし れない。それも次世代へと繋いでいかないと意味がないので、アーカイブの行末についてはこれからきちんと考えていきたい。

追記:2022年のLiner Notes Magazineの英語インタビューの全文が無料で読めるようになった。こちらではソネットの歴史、ニレジハージ、ノ―マ・フィッシャーとの関わりを中心に話している。
https://liner-notes-magazine.com/articles/label-spotlight-sonetto-classics/



1.10.2024

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

老舗のレビューサイト、加藤幸弘さんのClassical CD Information & Reviewsでは度々
Sonettoのアルバムを取り上げていただいている。2023年のベストCD + 番外編の一枚にNyiregyházi Live Vol. 3が選出されている。

昨年から今年にかけて体調を崩してしまい、確実なことは言えないのだが、今年はノーマ・フィッシャーの4枚目のアルバムの制作に入りたいと考えている。その他、ニレジハージ作品の出版プロジェクトも進行中で、これも今年中に形にできればと思っている。

藤田恵司氏のルービンシュタイン本が昨年アルファベータ社より出た。ほんの少しだけだが、執筆時に調査をお手伝いしている。