揺らすべきか、揺らさざるべきか、それが問題だ:
オーケストラ演奏におけるビブラートの映像による検証(英語版)
1) Wagner, Overture to Tannhäuser: Henley Hadley
conducting the New York Philharmonic (1926).
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この映像がオーケストラを映したものとしての最古であるが、1926年当時の弦楽器奏者達が現在のオーケストラと同じようなビ
ブラートを使用していたことが明確に示されている。恒常的ビブラートはチェロセクションにおいてより顕著だ。映像は1920年代を代表するアメリカの
オーケストラであったニューヨーク・フィルのものであるが、「ほとんどのアメリカの大きな組織(=著名オーケストラ)は30年代まで(ビブラート
を導入せずに)持ちこたえた(1)(2)」「オーケストラは一般的に言って1930年代までビブラートを使わなかった」(7)、というノリントンの説が明らかに間
違っていることを示している。
2) Carl Maria von Weber, Overture to Oberon: Bruno Walter conducting the Berlin Philharmonic (1931).
ブルーノ・ワルター指揮ベルリン・フィルの演奏を記録した1931年の映像において、ビブラートはチェロ・セクション(例1:43-2:
22,
5:27-5:35)ではっきりと使われており、ヴァイオリン・セクションでも同様の使用がみられる(例4:04-5:00,
7:23-7:27)。同様のビブラートは、近年のマリス・ヤンソンス指揮ベルリン・フィルの映像でも使用されている(8)。このことは、恒常的
ビブ
ラートを使用するベルリン・フィルの現在の演奏スタイルが、1931年の段階で既に確立されていたことを示唆する。
3) Christoph Willibald Gluck, Orfeo ed Euridice. Bruno Walter conducting the Vienna
Philharmonic (1933).
1933年のザルツブルグ音楽祭においても、いくつかのオペラのシーンが撮影された(9)。それらの中には、ウィーン・フィル最古の映像も含
まれている。ロゼッタ・アンダイがブルーノ・ワルター指揮でChe farò
senza Euridiceを歌うシーンでは、団員の左手がビブラートを使っている瞬間をカメラがはっきり捉えている。
4) Excerpt from Maskerade: Vienna Philharmonic
(1934).
「Maskerade」には、断片的であるがオーケストラ演奏の映像が頻繁に登場する。映画の後半、ウィーン・フィルがオーケストラピットで、ヴェルディの「リ
ゴレット」を演奏するシーンがあるが、チェロ・セクションの数名が恒常的に大きなビブラートを加えているのをカメラが捉えている (資料10の1:27:
30,
1:29:49-1:30:03, 1:31:13, 1:31:27-1:31:40).
5) Excerpt from Letzte Liebe:
Vienna Philharmonic (1935).
ウィーン・フィルが登場する別の映像作品が、1935年のフリッツ・シュルツ監督によるオーストラリア映画「恋は終わりぬ(Letzte
Liebe)」だ。この映画の中に、オーケストラが歌劇場で「ドン・ジョヴァンニ」序曲を演奏するシーンがある。まず、開始の和音で
、一人のチェリストが明らかにビブラートを加えているのが確認できる。さらに序奏に入ってから、5名のうち、3名のヴァイオリニストがビブラートを加えて
い
るのがわかる (0:55 -1:05)。さらに重要なことが一つある。後者の映像でビブラートを使用していないヴァイオリニストの一人が、他ならぬアーノルド・ロゼー、ということ
だ。
こ
の映像によって二つの重要な事が明白になる。まず、ロゼーの録音や彼に関する文献からも予想できたように、ロゼーはビブラートを濫用してはいなかっ
た。一方で、ロゼーが完全にビブラートを排除していたわけではなかったのは、0:55 -0:58
と1:05-1:06の左手の動きで確認できる。この映像は、彼の演奏スタイルがノリントンが志向するような、ピリオド奏法における完全なノン・ビブラー
トとは本質に異
なっていることを示す。
次に、1935年の段階においては、他のウィーン・フィルの団員へのロゼーの影響は決定的なものではなかった。というのも、少なくとも、チェリス
ト1名、そ
して5名のうち3名のヴァイオリニストがビブラートを使っているのが映像で確認できるからだ。この結論は、「恋は終わりぬ」の別シーンからも示唆される。
このシーンでは、ウィーン・フィルの団員と思われる音楽家三名が、オペラがはけた後に「ドン・ジョヴァンニ」のメヌエットを演奏していて、ヴァイオ
リニストとチェリストの両名が大きなビブラートをかけて演奏しているのが確認できる。
つまり、「1940年代以前のウィーン・フィルの録音にはビブラートは残されていない(1)(2)(12)」というノリントンの主張とは異なり、
ウィーン・フィルには1933-35年の段階で二種類の演奏家がいた。ビブラ−トを好む演奏家と、好まない演奏家である。ロゼー自身は好んでいなかった
が、彼の好みをオーケストラ全体に徹底する力は持たなかったか、仮に影響力を持っていたとしてもそれを行使しようとはしなかった。
結論
ノリントンの主張とは異なり、1926年のニューヨーク・フィル、1931年のベルリン・フィル、1933年から35年にかけ てのウィーン・フィルにおいて、ビブラートが広範囲に使われていた事が映像資料を確認することでわかった。さらにウィーン・フィルにおいては、ある 奏者はビブラートを好み、他は好んでいなかった。そのような状態が古くから続いていたのか、あるいはこの時期がウィーン・フィルの過渡期だったのかはわからない。明 確な答えを得るには、より 初期の映像資料を見つけ、調べる必要があるだろう。
(October 13th, 2013) Copyright (C) 2013 T. Sawado, All Rights Reserved.
(2014年9月14日追記)
Melo Classic は最近、1933年に撮影された、 クレメンス・クラウス指揮のウィーン国立歌劇場管弦楽団(ウィーン・フィルの母体)の映像を公開し た。映像ではオーケストラは恒常的ビブラートを使用している。
謝辞
アンジェロ・ヴィラーニ氏、ゼルリーナ・マスティン女史、ケヴィン・バザーナ博士から本論文の下書きにコメントをいただいた。また、バンクーバー市歌劇場芸術監督のチャールズ・バーバー博士から、本論文で参照したニキシュの映像について詳細な情報をいただいた。
参考文献
(1) Roger Norrington, "Time to Rid Orchestras of the Shakes," The New
York Times, February 16, 2003.
(2) Roger Norrington, "Bad Vibrations," The Guardian, March 1, 2003
(3) David Hurwitz, "Roger Norrington's Stupid Mahler Ninth,"
ClassicsToday.com, 2010.
(4) David Hurwitz, " 'So klingt Wien': Conductors, Orchestras, and
Vibrato in the Nineteenth and Early Twentieth Centuries,” Music
& Letters, Vol. 93, Issue 1 (February 2012), pp. 29-60.
(5) Reinhold Kubik, "'Progress' and 'Tradition': Mahler's Revisions and
Changing Performance Practice Conventions," in Perspectives on Gustav
Mahler, ed. Jeremy Barham (Aldershot, England, and Burlington,
VT:
Ashgate Publishing Limited, 2005), p. 404.
(6) Conductors on Film Collection (Charles Barber Collection), Archive
of Recorded Sound, Department of Music, Stanford University (Stanford,
CA).
(7) Nicholas Wroe, "Speed it up", The
Guardian, July 27, 2007.
(8) THE BERLINER PHILHARMONIKER IN
TOKYO, Hilary Hahn/Berlin Philharmonic/Mariss Jansons. DVD,
Euroarts, 2000
(9) Great Conductors: The Golden Era
of Germany and Austria. DVD,
Dreamlife, 2008
(10) Maskerade (1935). DVD,
Hoanzl, 2010
(11) Otto Strasser, Und dafür wird
man noch bezahlt: Mein Leben mit den
Wiener Philharmonikern (Vienna and Berlin: Neff), 1974.
(12) Richard Dyer, "Sir
Roger Norrington still conducts challenges to the tradition", The
Boston Globe, August 25th, 2002.