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揺らすべきか、揺らさざるべきか、それが問題だ:
オーケストラ演奏におけるビブラートの映像による検証


by Tomoyuki Sawado


2010年、英国の指揮者ロジャー・ノリントンは、議論を 呼ぶことになったマーラーの第九交響曲の録音をヘンス ラー・クラシックよりリリースした。その録音で、ノリントンはシュトットガルト放送交響楽団に恒常的なビブラートを使わずに演奏させた。 この奏法はノリントンがニューヨークタイムズとガーディアンに発表した挑発的な持論に基づいていた。その説とは、ブラームス、ベルグらの偉大な作曲家達が 作品を作った頃には、「ただ一種類のオーケストラの響きがあった。それは、暖かく、表現豊かで、我々が慣れきった豊かなビブラートを使わぬピュアな響きである」 というものであった。 ニューヨーク・タイムズの記事において、彼は以下のように持論をまとめている。

「1920年代初期、より感覚的で享楽的な性格であったフランスの奏者達が恒常的なビブラートを使い始めた。1920年代後半には、英国の奏者がそれに続 い た。しかし、高潔なドイツや、アメリカの大オーケストラは1930年代までビブラートを導入することなく持ちこたえた。ベルリンフィルは1935年まで、 ウィーン・フィルは1940年まで録音にはまともなビブラートが登場していない。」
 
この説は喧々諤々たる議論を呼ぶと同時に、数多くの研究者や評論家からも批判されてきた。例えば、アメリカの評論家デヴィッド・ハーヴィッツは、マーラーの録 音を「馬鹿 げている」「愚劣」とこきおろし、数多くの文献を用いて19世紀の段階ですでにビブラートがオーケストラ演奏に普遍的に使 われていたことを示している。

ノリントン説の根拠は、録音と、おそらくは文献であった。一方、ハーヴィッツは手紙、論文、インタビュー、楽譜といったものに準拠したが、レコード録音を信 頼に足る資料とみなすことはなかった (4) 。実際、戦前の録音技術には限界があったことを考えると、彼の判断は適切と言えるかもしれない。例えば、ニキシュとベルリン・フィルによるベートーヴェンの第 五交響曲の録音では、弦楽セクションのノン・ビブラートが聴こえるように思える。しかし、ほとんどの録音ではビブラートが本当に使 われていたか否かを判断するのは難しい。

録音と比べて、当時の技術的限界の影響を受けずに詳細な情報を得ることができるのが、インタビューや回顧録を含めた文献である。しかし、こういった文献 は必然的に伝聞情報にならざるを得ないし、個々の主観によって記述が影響されやすい面があることは否定できない。かつて、マーラーは ナタ リー・バウアー・レヒナーに向かい、ビブラートについては「実態も形もないドロドロの液体」と表現していたという。ラインホルト・キュービックによれば、マーラーは 「短い、 クリーンなバロック演奏スタイル」を好んでいたらしい(5)。一方で、マーラーの元でニューヨーク・フィルで演奏していたハーバート・ボロドキンの記憶では、 マーラーは1960年当時の指揮者よりも強いビブラートを要求していたという(4)。こういった情報は互いに矛盾しているようだが、このような違いこそが、伝聞に基づいてビブ ラートの程度を決定するかがいかに難しいかを示している。

この論文の焦点はマーラーではなく、20世紀初期のビブラート奏法についてである。今回、オーケストラ演奏のビブラート頻度を決定する上でもっとも直接的で信 頼 できる手段は視覚資料である、と考え、1935年より以前に撮影された映像資料を精査してみた。この時期の映像資料は数が限られてはいるも のの、上記のノリントン説が誤りであることが確認できた。つまり、私が入手した映像資料の中で、1926年のニューヨーク・フィル、1931年のベル リン・フィル、 1933-35年のウィーン・フィルでビブラートが使用されていたのである。

分析

バンクーバー市歌劇場の芸術監督であり、友人カルロス・クライバーとの交流を描いた「Corresponding with Carlos: A Biography of Carlos Kleiber」 の著者である指揮者のチャールズ・バーバーは、かつて300人以上にのぼる指揮者達の映像をスタンフォード大学で資料化していた(6)。バー バーによれば、職業 指揮者の最古の映像は、1913年にオスカー・メッスターによって撮影されており、それらはニキシュ、ワインガルトナー、シュッフ、オスカー・フリードらのものだったという。こ れらのうち、ニキシュがベルリン・フィルを指揮した映像のみが現存している。このサイレント映像ではニキシュの指揮姿が前後から捉えらているものの、 オーケストラ団員は映っていない。
 
その後に記録されたオーケストラ映像を調べてみると、いずれも弦楽器奏者はかなり強いビブラートをかけて演奏しているのがわかる。例えば、フリッツ・スティードリ指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団(1930)フリッツ・ブッシュ指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団 (1933),  エーリッヒ・クライバー指揮ベルリン国立歌劇場管弦 楽団 (1932), マックス・フォン・シリングス指揮ベルリン国立歌劇場管弦 楽団 (1932), フェリックス・ワインガルトナー指揮パリ交響楽団(1932), レオ・ボルヒャルト指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団 (1933), レオ・ブレッヒ指揮ベルリン歌劇場管弦楽団 (1933)、カール・エレメンドルフ指揮 バイロイト祝祭歌劇場管弦楽団(1933)な どの映像がそうで、これらはいずれも、「1930年代までに、ドイツとフランスのオーケストラでは恒常的ビブラートが既に使用されていた」というノリント ン説と 合致している。しかし、初期映像の中にはノリントン説と合致しないものもある。

5つの例を下に示した(映像の視聴には写真をクリック)。

1) Wagner, Overture to Tannhäuser: Henley Hadley conducting the New York Philharmonic (1926).

(再生されない場合はmov.file をダウンロード

この映像がオーケストラを映したものとしての最古であるが、1926年当時の弦楽器奏者達が現在のオーケストラと同じようなビ ブラートを使用していたことが明確に示されている。恒常的ビブラートはチェロセクションにおいてより顕著だ。映像は1920年代を代表するアメリカの オーケストラであったニューヨーク・フィルのものであるが、「ほとんどのアメリカの大きな組織(=著名オーケストラ)は30年代まで(ビブラート を導入せずに)持ちこたえた(1)(2)」「オーケストラは一般的に言って1930年代までビブラートを使わなかった」(7)、というノリントンの説が明らかに間 違っていることを示している。

2) Carl Maria von Weber, Overture to Oberon: Bruno Walter conducting the Berlin Philharmonic (1931).


ブルーノ・ワルター指揮ベルリン・フィルの演奏を記録した1931年の映像において、ビブラートはチェロ・セクション(例1:43-2: 22, 5:27-5:35)ではっきりと使われており、ヴァイオリン・セクションでも同様の使用がみられる(例4:04-5:00, 7:23-7:27)。同様のビブラートは、近年のマリス・ヤンソンス指揮ベルリン・フィルの映像でも使用されている(8)。このことは、恒常的 ビブ ラートを使用するベルリン・フィルの現在の演奏スタイルが、1931年の段階で既に確立されていたことを示唆する。

3) Christoph Willibald Gluck, Orfeo ed Euridice. Bruno Walter conducting the Vienna Philharmonic (1933).


1933年のザルツブルグ音楽祭においても、いくつかのオペラのシーンが撮影された(9)。それらの中には、ウィーン・フィル最古の映像も含 まれている。ロゼッタ・アンダイがブルーノ・ワルター指揮でChe farò senza Euridiceを歌うシーンでは、団員の左手がビブラートを使っている瞬間をカメラがはっきり捉えている。

4) Excerpt from Maskerade: Vienna Philharmonic (1934).

1934年、ウィーン・ フィルはウィリー・フォルスト監督のオーストリア映画「Maskerade (Maskerade in Vienna」に出演した (10)。この映画の中で、団員が「ヨハン・セバスティアン・バッハ」の作品をダンス・ホールで演奏するシーンがある。オーケストラが一斉に演奏を始め た瞬間をみると、ヴァイオ リニストの左手はビブラートを使用していない。その一方で、指揮者の右側から、チェリストの左手がビブラートをかけているのが確認できる。ただ、 このような断片的な映像では、ビブラートがどの程度オーケストラで使われていたかを判断することは難しい。

「Maskerade」には、断片的であるがオーケストラ演奏の映像が頻繁に登場する。映画の後半、ウィーン・フィルがオーケストラピットで、ヴェルディの「リ ゴレット」を演奏するシーンがあるが、チェロ・セクションの数名が恒常的に大きなビブラートを加えているのをカメラが捉えている (資料10の1:27: 30, 1:29:49-1:30:03, 1:31:13, 1:31:27-1:31:40).

5) Excerpt from Letzte Liebe: Vienna Philharmonic (1935).



ウィーン・フィルが登場する別の映像作品が、1935年のフリッツ・シュルツ監督によるオーストラリア映画「恋は終わりぬ(Letzte Liebe)」だ。この映画の中に、オーケストラが歌劇場で「ドン・ジョヴァンニ」序曲を演奏するシーンがある。まず、開始の和音で 、一人のチェリストが明らかにビブラートを加えているのが確認できる。さらに序奏に入ってから、5名のうち、3名のヴァイオリニストがビブラートを加えて い るのがわかる (0:55 -1:05)。さらに重要なことが一つある。後者の映像でビブラートを使用していないヴァイオリニストの一人が、他ならぬアーノルド・ロゼー、ということ だ。

ロ ゼーは1881年から1938年にかけて、ウィーン・フィルのコンサートマスターを務めた。彼が1928年にロゼー弦楽四重奏団として録音した演奏におい て、彼はビブラートを使っておらず、この事がノリントンがマーラーをノン・ビブラートで演奏した一つの根拠となっている(ノリントン曰く、「彼は義 兄弟であるマーラーがオペラ座の監督だった頃からオーケストラを率いていた。1928年の録音で、ロゼーは現代のビブラートを使わずに、非常な明晰さと自 然さを持って演奏している(1))。

ロゼーがビブラートを好んでいなかったことは文献資料にも記載されている。ヴァイオリニストのオットー・シュトラッサーがウィーン・フィルのオーディ ションを受けた際、ロゼーと指揮者のフランツ・シャルクが審査席にいた。シュトラッサーによれば、ロゼーは「当時常識となっていたビブラートを全く好んで いなかった」という。シュトラッサーがローエングリンの一節を弾くように頼まれた際、ロゼーと意見を同一にするシャルクがこう言ってシュトラッサーの演奏 を遮った「そんな風に嘶くのはやめ給え」(11)。

こ の映像によって二つの重要な事が明白になる。まず、ロゼーの録音や彼に関する文献からも予想できたように、ロゼーはビブラートを濫用してはいなかっ た。一方で、ロゼーが完全にビブラートを排除していたわけではなかったのは、0:55 -0:58 と1:05-1:06の左手の動きで確認できる。この映像は、彼の演奏スタイルがノリントンが志向するような、ピリオド奏法における完全なノン・ビブラー トとは本質に異 なっていることを示す。

次に、1935年の段階においては、他のウィーン・フィルの団員へのロゼーの影響は決定的なものではなかった。というのも、少なくとも、チェリス ト1名、そ して5名のうち3名のヴァイオリニストがビブラートを使っているのが映像で確認できるからだ。この結論は、「恋は終わりぬ」の別シーンからも示唆される。 このシーンでは、ウィーン・フィルの団員と思われる音楽家三名が、オペラがはけた後に「ドン・ジョヴァンニ」のメヌエットを演奏していて、ヴァイオ リニストとチェリストの両名が大きなビブラートをかけて演奏しているのが確認できる。

つまり、「1940年代以前のウィーン・フィルの録音にはビブラートは残されていない(1)(2)(12)」というノリントンの主張とは異なり、 ウィーン・フィルには1933-35年の段階で二種類の演奏家がいた。ビブラ−トを好む演奏家と、好まない演奏家である。ロゼー自身は好んでいなかった が、彼の好みをオーケストラ全体に徹底する力は持たなかったか、仮に影響力を持っていたとしてもそれを行使しようとはしなかった。
 
結論

ノリントンの主張とは異なり、1926年のニューヨーク・フィル、1931年のベルリン・フィル、1933年から35年にかけ てのウィーン・フィルにおいて、ビブラートが広範囲に使われていた事が映像資料を確認することでわかった。さらにウィーン・フィルにおいては、ある 奏者はビブラートを好み、他は好んでいなかった。そのような状態が古くから続いていたのか、あるいはこの時期がウィーン・フィルの過渡期だったのかはわからない。明 確な答えを得るには、より 初期の映像資料を見つけ、調べる必要があるだろう。

(October 13th, 2013) Copyright (C) 2013 T. Sawado, All Rights Reserved.

(2014年9月14日追記)

Melo Classic は最近、1933年に撮影された、 クレメンス・クラウス指揮のウィーン国立歌劇場管弦楽団(ウィーン・フィルの母体)の映像を公開し た。映像ではオーケストラは恒常的ビブラートを使用している。

謝辞
アンジェロ・ヴィラーニ氏、ゼルリーナ・マスティン女史、ケヴィン・バザーナ博士から本論文の下書きにコメントをいただいた。また、バンクーバー市歌劇場芸術監督のチャールズ・バーバー博士から、本論文で参照したニキシュの映像について詳細な情報をいただいた。

参考文献

(1) Roger Norrington, "Time to Rid Orchestras of the Shakes," The New York Times, February 16, 2003.
(2) Roger Norrington, "Bad Vibrations," The Guardian, March 1, 2003
(3) David Hurwitz, "Roger Norrington's Stupid Mahler Ninth," ClassicsToday.com, 2010.
(4) David Hurwitz, " 'So klingt Wien': Conductors, Orchestras, and Vibrato in the Nineteenth and Early Twentieth Centuries,” Music & Letters, Vol. 93, Issue 1 (February 2012), pp. 29-60.
(5) Reinhold Kubik, "'Progress' and 'Tradition': Mahler's Revisions and Changing Performance Practice Conventions," in Perspectives on Gustav Mahler, ed. Jeremy Barham (Aldershot, England, and Burlington, VT: Ashgate Publishing Limited, 2005), p. 404.
(6) Conductors on Film Collection (Charles Barber Collection), Archive of Recorded Sound, Department of Music, Stanford University (Stanford, CA).
(7) Nicholas Wroe, "Speed it up", The Guardian, July 27, 2007.
(8) THE BERLINER PHILHARMONIKER IN TOKYO, Hilary Hahn/Berlin Philharmonic/Mariss Jansons. DVD, Euroarts, 2000
(9) Great Conductors: The Golden Era of Germany and Austria. DVD, Dreamlife, 2008
(10) Maskerade (1935). DVD, Hoanzl, 2010
(11) Otto Strasser, Und dafür wird man noch bezahlt: Mein Leben mit den Wiener Philharmonikern (Vienna and Berlin: Neff), 1974.
(12) Richard Dyer, "Sir Roger Norrington still conducts challenges to the tradition", The Boston Globe, August 25th, 2002.