サイト更新情報

5/31/07

「ファウスト交響曲」より、「グレッチェン」

晩年の音源を一つ。1978年のファウスト交響曲から、第二楽章「グレッチェン」です。18分という長大なトラックですので、音質を鑑みると、16.9MBとサイズが必然的に大きくなってしまいますが、どうかご了承ください。

この録音、Kevin BazzanaからMusic and ArtsのCDに採用するトラックについて意見を訊かれた際、「入れたらどうか」と進言したものの一つです。結局、18分と長大なため、採用は見送られたようです。しかし、演奏だけとれば、晩年の録音群では印象に残ったものの一つでした。ニレジハージらしい浪漫的な歌い回しが光ります。

更新情報)「グレッチェン」の録音を「晩年のニレジハージの未発表録音(クリック)」のセクションに加えました。

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5/29/07

「ポガニーによるニレジハージのスケッチ」

ウィリー・ポガニー(Willy Pogany)という、有名なハンガリー人の挿絵画家がいます。彼は20世紀初頭にヨーロッパでワーグナーの作品の絵本をてがけ、後にアメリカに渡り、ディズニーにも影響を与えました。ポガニーは、1930年代にニレジハージとハンガリーのコミュニティを通じて友人になります。そのポガニーによる、ニレジハージのスケッチが残っています(クリック)。実はこの作品、数年前にebayに実物が出品されたらしいんですよね。残念ながら見逃してしまいました。

更新情報
ポガニーのスケッチをNyiregyhazi archive「資料室」に加えました。

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5/27/07

「ニレジハージの未発表作」

「資料室」に、ニレジハージの1984年(+1927年)の未発表作品、「Amongst the ruins of the past」の作曲原稿をアップロードいたしました(#1, #2)。また、ソフトウェアで再現した音声も作成しました (クリック)。重低域に偏った、おそろしく陰鬱な音楽です。再生には、低音が十分に再生されないコンピューターのスピーカーではなく、イヤフォンかヘッドフォンをお使い頂いた方が和音の厚みがわかると思います(ニレジハージの演奏もそうです)。

単旋律と重厚な和音を組み合わせた手法は、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の第三幕への間奏曲を思わせます。ただ、「トリスタン」以上に沈鬱で、哲学的で、音楽はただひたすら深みに沈み込んでいきます。手法は全く違いますが、描き出そうとした精神世界の暗さと、その閉鎖性は、シューベルトの晩年のそれに近いように感じます。

ニレジハージは、聴衆が自作を理解するとは思っておらず、発表したり、人前で演奏する気もありませんでした。2000曲のほとんどは、個人の感情の発露がそのまま、あたかも日記のように書かれていた訳で、その意味では、もっとも純粋、かつ原始的な芸術の形態がここにあります。彼は、他人の手になる演奏にも懐疑的で、「自分の作品は、自分のように弾かなければ意味がない」、という考えを持っていました。。ですので、このようにネットに貼付けられた電子音の演奏など聴いたら、卒倒するかもしれませんね。出来れば、楽譜を見てご自分で弾いていただきたいと思います。


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5/25/07

「アップロード」

ニレジハージ財団のSmits会長と1時間くらいかけていろいろなことを話したのですが、結論だけ書くと、アップロードは続けることができます。

更新情報)彼の最晩年、自宅でドリス夫人によって写された写真を三枚「Nyiregyhazi Archive (資料室)」にアップロードしました (#2#3#4)。彼の写真を見ると、晩年に至るまで、抜き身の刃物のような鋭さと緊張感があったのですけれど、ここではとても穏やかな、悟ったような顔をしていますね。

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5/23/07

「二つの伝説〜波間を渡るパオロの聖フランシス」

10日に1度くらいのペースで、ニレジハージの72年以降の未発表レコーディングを中心にアップロードしていきます。彼の最後の録音も予定に入れています。

基本的に、Music & artsに選ばれたものは避けるつもりです。ただ、一つだけ、どうしても外せない音源があります。Desmar盤からの「波間を渡るパオロの聖フランシス」(クリック)です。この有名な録音の背景については、以下のページ(クリック)、レビューについては以下(クリック)をご参照ください。それぞれのページから音源にアクセスできるようになっています。

なお、これからアップロードする録音の著作権はオランダの国際ニレジハージ財団に帰属します。どうぞご注意ください。

.............ところで、その財団の会長のSmits氏から「話をしたい」と留守電が入っていました。「気が変わった。アップロード駄目」ってなことでなければいいんですが...........。ダウンロードするのであればお早めに。

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5/22/07

Kevin Bazzanaより、スティーブン・ハフと、「ホロヴィッツの夕べ」のデビッド・デュヴァルの文章が届きました。ハフのは、もともとのメールの文章よりもやや宣伝風になっていますが、言っていることは同じです。アメリカ版の宣伝文句に使うみたいです。

「情熱的で、トップレベルで、彫塑的なまでに細密、かつ愛情に満ちている。これは、興味深く、困難な人間像をバザーナが最上のデリケートさを持ってあつかった素晴らしい伝記だ。学生時代、CBS盤に収められた「Les Cypres de la Villa d'Este」のニレジハージによる最初の数小節を、耳、心、そして口を開け放して聴いたことを覚えている。驚愕し、深い霊感に満ちたものと感じたものだ。」
ーーースティーヴン・ハフ

(デュヴァルのコメントは削除しました。本のタスキ用のみ、という話になっていることがわかりましたので)。

更新情報)1982年のニレジハージコンサートプログラムの一部を、資料室(クリック)、および英語版のNyiregyhazi and Japan(クリック)のページにアップロードしました。1980年のものと同様、 ピアノ音楽名盤選(http://ameblo.jp/pianophilia/)の木下さんから提供していただいたものです。


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5/21/07

「スティーヴン・ハフ」

スティーヴン・ハフ(Stephen Hough: http://www.stephenhough.com/)という名ピアニストがいます。ハフの日本での知名度は今ひとつですが、海外の評価は高く、ハイペリオンやBISの一連のCDは大変高い評価を受けています。

彼が、ニレジハージ伝、"Lost Genius"を読んだらしく、Kevin Bazzanaに絶賛のメールを送ってきました。Kevinにとってもハフからのメールは青天の霹靂だったようで、とても喜んでいました。ハフは、学生時代にニレジハージのレコードを聴き、大きな感銘を受けていたようです。現在、第一線で活躍しているピアニストは70年代のニレジハージ・ブームの洗礼を受けていますから、クェルティといい、ハフといい、意外に隠れファンが多いのかもしれません。

ハフのコメントは後日、「アーティスト、ニレジハージを語る」に収録します。

一つ、朗報があります。ニレジハージ財団より、新規の音源、作曲原稿等掲載の許可を貰いました。早速、以下をリンクします。このリンクは実は2カ月ほど前の段階で既にわかっていましたが、音源使用で財団の許可を得るまではサイトに載せることを控えようと思っていました(カナダの新聞で報道されたこともあって、海外のニレジハージのファンの間では既に知られていました)。日本で演奏されたラフマニノフのピアノ協奏曲第二番第二楽章です。M&Aに収められます。

http://www.savefile.com/files/611701

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5/20/07

「アーティスト達のニレジハージ評価」

幾度か書いているように、ニレジハージに対する批評は若い頃から二つにわれる傾向がありました。そして、その傾向は年齢と共に強まっていきました。プッチーニ、レハール、シェーンベルグ、アシュケナージ...........同時代のアーティスト達はニレジハージをどう評価したのでしょうか。


「アーティストら、ニレジハージを語る(クリック)」に纏めましたのでご覧ください。このページは、少しずつアップデートしていきます。

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5/18/07

更新情報)資料室に、5/24/1973にForest Hill Club Houseで行われたコンサートのプログラムをアップロードしました(クリック)。この時は、レコードとなった、3週間前のOld First Churchのコンサートと同じく、リストの「二つの伝説」を演奏しています。コンサートは録音されたのですが(スクリャービンのソナタはM&Aから出ます)、この「二つの伝説」の時だけは、ニレジハージはテープを止めさせました。Old First Churchの時以上の演奏は二度とできない、という理由からでした。

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5/17/07

「ニレジハージと日本」

ニレジハージの記憶によれば、彼が最初に作った曲は、「蝶々夫人」のメロディによるものでした。その頃から、ニレジハージにとって、日本は夢の国でありつづけました。

彼は戦中と戦前の日本に、より強い親近感を抱いていたようです。「日本人はいまだかつて存在した国民の中でももっとも偉大」「偉大な日本の国民と、天皇陛下を愛している」という、若干奇異にさえ感じられる文章さえ残っています。

1982年、日本で弾いた「Tragic victory」という曲には、第二次世界大戦での日本の敗戦を悲しんだ思いが込められていました。彼のイメージの中では、「古き良き日本」は、威厳に満ち、礼儀正しく、謙虚で、文化を愛する国、というものだったようです。彼が二度の来日で体験したものは、彼の子供の頃からの夢を満たすに十分なものでした。

更新情報)1) 資料室に、幡野好正さん撮影の1982年来日時の写真を加えました(クリック)。この写真は、ピアノを弾くニレジハージを正面から捉えたもので、伝記「Lost Genius」でも使用されました。

2) 英語版(クリック)にある、「Nyiregyhazi and Japan」から、Nyiregyhazi Archiveの日本関連の資料にアクセスできるようにしました。このページは少しずつ充実させていきたいと思います。


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5/16/07

ニレジハージの新しいピアノロール録音が入手できました。ただ、制作者が発売を計画しているとのことで、こちらでアップロードできるかどうか微妙です。これについては問い合わせています。
新しい未発表録音のアップロードについても、ニレジハージ財団と話し合っているところです。もう少しお待ちください。

更新情報)
1957年のリサイタルのプログラムを、資料室にアップロードしました。英語版とハンガリー語版の二つあります。おそらく、1970年代の復帰前(クリック)の最後のコンサートになると思います。

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5/15/07

「ニレジハージ手書きのプログラム」

ピアノ音楽名盤選(http://ameblo.jp/pianophilia/)の木下さんから、帰国した際にニレジハージ関連の資料をいくつか提供していただきました。これらの資料は、数日中にKevin Bazzanaとニレジハージ財団へ郵送します。

このページのアクセスの80%は北米、ヨーロッパ、オーストラリアからのものです。海外の方とご自身の資料を共有したい、ニレジハージ研究の進展に協力したい、と思われる方は、ervin(at)fugue.usまでご連絡ください。資料の掲載に同意いただいた場合は、日本語・英語版の更新情報、資料室、ページの謝辞にお名前やサイト名等を入れさせてもらいます(もちろん、匿名を選択していただいてもかまいません)。

更新情報)木下さんにご提供いただいた資料の一つ、ニレジハージが1980年に来日した時のプログラムの一部を「資料室」にアップロードしました。ニレジハージ自身によって書かれたもののコピーです。

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5/14/07

「The Beast with Five Fingersの特殊撮影」

今日は、「The Beast with Five Fingers:五本指の野獣」の、ニレジハージの左手のみが鍵盤を駆け回るシーンについて少し(クリック)。この特殊撮影はフィルムの古さに助けられているとは言え、時代を感じさせない見事なもので、映画史に興味のある方なら一見の価値があります。なんと、このシーンには、あのルイス・ブニュエルが特殊撮影に関与していたと言われています(ピアノのニレジハージと同じく、クレジットはありません)。

ルイス・ブニュエルは1929年、フランスで画家のサルヴァドール・ダリと組んで、「アンダルシアの犬」という、大変ショッキングな作品を監督しています。この作品は、「20世紀の100作品」というようなアンケートでは、必ずと言っていいほど冒頭に入ってくる古典で、特に、女性の瞳が剃刀で切られる冒頭は有名です。ブニュエルは、この作品の後、アメリカで映画の下請け等の仕事を行っていました。「Beast....」に関わった後、1946年にメキシコにうつりました。そして、そこで撮影された、「忘れられた人々」でカンヌの監督賞をとっています。その後、ヨーロッパに移り住み、「ヴィリディアナ」でカンヌの最高賞パルムドール、「昼顔」でヴェネツイアの最高賞金獅子賞、「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」で米アカデミー外国語映画賞、と主要賞を立て続けに獲得、世界的名匠としての地位を確立しました。

ニレジハージの伝記「Lost Genius」には、この特殊撮影についての言及はないのですが、「The beast....」の主演したピーター・ローレの伝記、「The lost one: A life of Peter Lorre」に、「The Beast with Five Fingers」について、以下の記述があります。p243です。

.......In close-ups at the piano, the hand was that of pianist Erwin Nyiregyhazi, who was other-wise covered in black velvet.

また、Peter Lorre (Midnight Marquee Actors Series)という本のp192にはこうあります。

........The arm of pianist Erwin Nyirehyhazi was covered with black velvet for close-ups at the keyboard, which were expertly lit by Anderson.......

つまり、黒い布でニレジハージの体を覆って、彼の左手のみを露出させた状態で撮影が行われた、ということのようです。そのフィルムを、ローレの姿を移したフィルムと重ねたのでしょう。それにしても、左手の切断面は、当時の技術でどうやった加えたのかちょっと不思議です。

主演のローレ、特殊撮影ブニュエル、そして音楽を担当したニレジハージとマック・スタイナー(「風とともに去りぬ」「キングコング」「カサブランカ」の作曲家).................強烈な個性が関与しているこの映画、歴史的傑作ではないかもしれませんが、なかなかの秀作です。オリヴァー・ストーンも再映画化しています。お暇な時にどうぞ。

(
ダリとブニュエルの前衛作品、「アンダルシアの犬」に興味のある方はここ(http://www.archive.org/details/ChienAndalou)で映像を見ることができます。かなり「イタイ」映像なので注意。)

更新情報)資料室に、幡野好正さん撮影の1982年来日時の写真を加えました(クリック)。この写真は、伝記「Lost Genius」の表紙を飾ったものと同じです。

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5/10/07

「ニレジハージの記憶力」

ロリン・マゼールは異常な記憶力の持ち主で、30歳で登場したバイロイトでは、ワーグナーの「指輪」を暗譜で指揮しています。彼は、楽譜を見ると、それを映像として脳裏に焼き付けることができたと言われています。ジョージ・セル、トスカニーニらの記憶力も伝説的です。しかし、ニレジハージの記憶力の優秀さは、もしかしたら彼ら以上だったかもしれません。

ニレジハージの驚くべき記憶力は「神童の精神分析」、「Lost genius」の両方に語られています。彼はレパートリーの全てを記憶し、晩年、3000曲を暗譜していた、と自身語っています(リヒテルは80プログラムを暗記していたそうです。多めに1000曲として、その3倍です)。彼は若い頃のコンサートのプログラムの詳細、日付だけでなく、自身が愛したチェスの数十年前のゲームの駒の動きまで記憶していたと言われています。晩年になされたインタビューでも、50年前の事をまるで昨日のことのように正確に説明していました。

そのような記憶力を示すエピソードとして、以下のような話がKevin Bazzanaの伝記、「Lost genius」に記載されています。ニレジハージが10代の頃、ストックホルムでコンサートを開いたある時、街の楽譜屋に立ち寄りました。そこで、店員がベラ・バルトークの新作の楽譜を彼に見せます。店員がニレジハージに話しかけている間、ニレジハージは楽譜を手にとって眺め、そしてその楽譜を店員に返しました。その夜、リサイタルのアンコールで鳴り響いたのは、そのバルトークの新作でした。

超人的な記憶力は、時に彼を苦しめることになります。我々は嫌なことがあっても10日もすれば忘れてしまいますが、彼の場合、苦痛の克明な記憶を何十年も反芻しつつ生き続けなければなりませんでした。

更新情報)
1972年のThe Century clubでのリサイタルのプログラムを「資料室」にアップロードしました。
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5/9/07

「音源探しにご協力を」

数週間前、Kevin Bazzanaが、「ニレジハージが1929年年に出演し、劇中で演奏している映画を入手できそうだ」と書いてきたとお知らせしました。「黒鍵のエチュード」等を弾いている、ということで興奮したものです。

ところが、先日ビデオが届いてみたら、同名の違う映画だったとのことで、とてもがっかりしていました。

捜索中の映画は、Fashions in Loveという題名で、1929年のパラマウント映画です。「オーケストラの少女」や、キューブリックの「突撃!」で有名なアドルフ・マンジューが主演しています。邦題は、「コンサート」という題名ですが、日本で公開されたかどうかわかりません。

どなたか、Fashions in Love(コンサート)のビデオテープをお持ちの方、あるいは映像の所在をご存知の方、ervin(at)fugue.usまでご連絡いただけるでしょうか?

更新情報)1973年、ニレジハージの友人の一人であるRonald Antonioli宅で行われたコンサートのプログラムを資料室に載せました。ニレジハージ自身による、手書きの曲名のメモ(クリック)も掲載しています。

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5/8/07

マスクマンとしてのコンサート

ニレジハージは、1940年以降の数十年間、コンサート活動の数をめっきり減らしていました。人前でピアノを弾くことに大変神経質になっていたようで、1946年には覆面を被り、匿名であることを条件にコンサートに出演しています(その時の写真はこちら(クリック))。この時は、物珍しさもあって、かなりの前評判だったようです。ピアニストのレイモンド・レーヴェンタールもこの時のコンサートを聴いています。

更新情報)
「Mr.X」のコンサートプログラム(クリック)を資料室にアップロードしました。"Soloist with the Boston, London, and Vienna symphonies"とありますが、この中でニレジハージが実際に共演したのはBoston Symphonyのみです。

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5/7/07
「スタートレック」とニレジハージ

ニレジハージの伝記、「Lost Genius」について、Victoria Timesにこんな記事が書かれていました。Kevinの顔写真も記事に入っています。

http://www.canada.com/victoriatimescolonist/news/arts/story.html?id=02054681-6b23-4bd1-8f3a-2c8372592a79

要は、William Shatnerという俳優が「Lost Genius」に感動していたとのこと。Shatnerというのは、スタートレックのカーク船長役として有名なテレビ俳優で、刑事コロンボにも出演していました。彼は、現在、プロデューサー業をやっています。私はスタートレックを見ていないので、Shatnerと来てもピンとこないのですが、Kevinにとってカーク船長はアイドルだったようです。とても興奮していました。いろいろなところに触れ回ったようで、ジャーナリストの友人にも思わず喋ってしまったらしく、そんな流れで上の、やや週刊誌的なノリの記事が登場したわけです。

記事の最後に、「複数の映画会社がカナダとアメリカの出版社に興味を示している」とあります。やるなら、力量のある監督、脚本と音楽監修を雇って、いわゆるハリウッド的な浅さのない、しっかりした作品を作ってほしいものですね。ヨーロッパ系の監督に任せた方がいい映画になるような気がします。

更新情報)数回に渡って、1950年以降の演奏会プログラムをご紹介していきます。

ニレジハージが「再発見」されたきっかけとなった(詳細はこちら(クリック))、1973年5月6日のold first churchのコンサートプログラムを「Nyiregyhazy Archive---資料室」に載せました。Desmar盤に入った「二つの伝説」以外にもいろいろと弾いており、これらは未発表録音としてテープが残っています。ノクターンはM&Aから発売されるCDに含まれる予定です。


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5/5/07
「これぞ本当の手の役」

ニレジハージは1946年の映画、Beast with five fingersに手役で出演しています。これは文字通り、手の役です。詳しくはこちら(クリック)。彼の演奏ファイルもアップロードしています。


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5/4/07
ニレジハージの手-part3


ここにあげた二つの写真は、ニレジハージの左手を違う角度から捉えたものです。スラリとした親指、それから小指の長さが印象的です。弾いている時は、小指を曲げ気味にして弾くため、実際よりも短く見えるのですが、この写真で見ると小指と薬指と長さがあまり変わりありません。

更新情報)
1) 資料室に1970年代中頃に撮影されたと思われるニレジハージの写真を掲載しました(クリック)。めずらしくジャケット姿ですが、いつも通り、ストライプのネクタイはしています。

2) Lost geniusの著者、Kevin Bazzanaが、CBCのラジオ番組に登場し、伝記について語っています。20分ほどのインタビューです。音楽よりも、彼の人生や性格に焦点をしぼって熱っぽく語っています。話が佳境に入ったところで時間切れになってしまったようですね。
http://www.cbc.ca/nxnw/


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5/2/07
ラヴェル「4声のフーガ」

更新情報)

Fugue.us内の姉妹ページ、The sonority of Silence (クリック)に、モーリス・ラヴェルの未発表作品、4声のフーガの自筆楽譜の写真とその再現音を掲載しました。この自筆稿は私が所有しています。同じページにある、フランクの「贖罪」初版間奏曲と同じく、音声になるのは世界初だと思います。この作品は、パリ音楽院在籍時代に書かれたという以外、まだはっきりしていないことが多いので、おいおい追加情報を載せていくつもりです。

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5/1/07
「境界性人格障害


境界性人格障害、という性格障害があります。精神病ではありません。亡きダイアナ妃がそうだったとも言われています。1999年の映画、「17歳のカルテ」で、ウィノナ・ライダーが演じていた主役が、境界性人格障害者という設定でした。ただ、彼女は、反社会性人格障害の少女を演じたアンジェリーナ・ジョリーに比べ、あまりうまく演じきれているとは言えませんでした。

http://2.csx.jp/~counselor/bpd

なんと、人口の2%がこの障害を持っているとのことです。ただ、この頻度の多さは、たぶんアメリカの話でしょうね。女性に圧倒的に多いとのことですが、男性にもたまにいます。自己破壊的かつ不条理な性格、と言えばいいでしょうか。不安感のために人間関係が不安定で、世の中の人間は敵と見方の二種類しかない、と思い込んでいるようなところがある、簡単に言えばそういう人間です。同僚にも境界性人格障害にあてはまりそうな男性が1人いて、周囲をよく困らせ、混乱に陥れています。


Kevin Bazzanaの協力者の1人である精神科医によれば、ニレジハージは境界性人格障害に該当するとのこと。アメリカ精神医学会の設定した診断基準、DSM-IVを下にあげます。

対人関係、自己像、感情の不安定および著しい衝動性の広範な様式で、 成人早期に始まり、様々な状況で明らかになる。  
以下のうち、五つ(またはそれ以上)で示される。

:現実に、または想像の中で見捨てられることを避けようとして、気違いじみた努力をする。
注:基準5で取り上げられる自殺行為または自傷行為は含めない。

:理想化とこき下ろしとの両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる不安定で激しい対人関係。

:同一性障害:著明で持続的な不安定な自己のイメージ、または自己感。

:自己を傷つける可能性のある衝動を起こす。少なくとも二つの領域にわたるもの(例:浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、むちゃ食い)。 注:基準5で取り上げられる自殺行為または自傷行為は含めないこと。

:自殺、自殺のそぶり、自殺するという脅し、または自傷行為を繰り返す。

:顕著な気分反応性による感情の不安定性  (例:通常は二三時間持続し、二三日以上持続することはまれな、エピソード的に起こる強い不快気分、いらいら、または不安)。

:慢性的な空虚感。

:不適切で激しい怒り、または怒りの制御が困難なこと (例:しばしばかんしゃくを起こす、怒り、喧嘩を繰り返す)。

:一過性のストレス関連性の妄想的な観念を持つ。または重篤な解離性症状を示す。

以上です。
伝記を読んでいただいた方はピンと来ると思いますが、かなりの項目がニレジハージにあてはまるように思います。彼の人間関係の不安定さは言うまでもありません。伝記にも、「なぜ、よりにもよってこんな事をするんだろう」という、自己破壊的な事例がいくつか出てきます。彼は自傷行為こそ行いませんでしたが、性行為とアルコールにはどっぷり溺れていました。また、境界性人格障害は、PTSD(外傷後ストレス障害)から誘発されうるとも言われています。ニレジハージは母親に性的虐待を受けた可能性が伝記に示唆されています。

もちろん、こういうタイプに該当するからといって、ニレジハージの性格を全てわかったような気分になるのは短絡的ですが、ニレジハージの不条理な性格を理解する上で、あくまで一つの手がかりとなる例としてご紹介いたしました。

更新情報
ニレジハージのサイン・コメント入りの手書きの譜面(クリック)を資料室にアップロードしました(よく略してMusQSと言います)。これはリストのピアノ協奏曲第二番第二楽章ですね。日付によれば、10/15/1921のもので、この日はピエール・モントゥー指揮のボストン交響楽団と共演しています。プログラムの方はこちら