サイト更新情報

1/24/07

アメリカの高級紙の一つ、The Los Angeles Timesが"Lost Genius"を紹介しています。

http://www.latimes.com/entertainment/news/music/la-ca-critic27jan27,1,2452714.story

Kevinがノミネートされた賞ですが、かなり有名な賞らしく、複数の大手メディアで報道されていました。Kevinを含めた5名のFinalistは、まず2000ドルを受け取るそうです。

来月の中旬、ロンドンの大学に講演に行ってきます。滞在中にゲルギエフ指揮でVPOが演奏会を開くようなので、当日券があったら聴いてこようかと思っています。自分はゲルギエフはどっちでもいいんですけどね。

_________
1/22/07
「Lost Geniusがノミネート」

"Lost Genius"が、カナダの主要な賞の一つであるThe Charles Taylor Prize for Literary Non-Fictionにノミネートされています。受賞した際の賞金は$25,000になります。競合作品も話題作ばかりなので、さて、どうなるでしょうかね。

http://www.thecharlestaylorprize.ca/2008/finalists_2008.asp

今年は、ポーランド生まれの作曲家、アレクサンデル・タンスマンについてのセクションをSonority of Silenceのページに作ろうと思っています。今、関係者に、写真、論文等、資料使用の許可を取っているところです。

---------------
1/19/08
「音楽ビジネスにまつわる問題---オリコン訴訟について」

これほどひどい話はなかなかありません。

http://ugaya.com/
http://ugaya.com/column/070217beginners_index.html

詳しい経緯は上のページに全て書かれています。かいつまんで言うと、元朝日新聞の記者で、音楽評論家である烏賀陽弘道氏が、とある雑誌の取材で、オリコンチャートの問題点を示唆したコメントを残したところ、オリコン側から5000万円の損害賠償を請求される、という事件が起こりました。昨年の11月のことです。問題点は、二つあります。一つは、問題の記事の文責を持つ著者や雑誌社ではなく、単にコメントした人間が訴えられたこと。もう一つの問題は、訴訟の結果に関わらず、烏賀陽氏はこの訴訟で大きな金銭的ダメージを受ける、ということです。仮に烏賀陽氏が勝訴したところで、訴訟費用の719万円は烏賀陽氏が負担しなければなりません。もし、このようなことがまかり通るのであれば、烏賀陽氏のような個人営業の言論人や、我々のようなサイト運営者やbloggerは、特定会社の名をあげてコメントすることさえできなくなります。極端な話、私がこういう記事を書くことさえ、危なくなります。とんでもない話です。

烏賀陽氏の災難は不幸としか言いようがありませんが、それでも、彼はYoutubeや、自身のサイトを活用しながら、実に巧妙に戦っています。その効果ははっきりでています。オリコンの株価は、訴訟前は12万円前後あったのに、現在は3万円を切り、そのカーブが緩くなる気配はありません。このように非常識な訴訟を起こしてしまったことで、国内外からの投資家からの信用を失ってしまったのでしょう。

この事は、日本という国の法的システムの国際的信用、そして言論の自由にも関わってくる問題です。大手メディアは黙っていてほしくないですね。きちんと報道してくれているのでしょうか。

----------------------
1/14/08

「バレンボイムの良心」

ダニエル・バレンボイムが、パレスチナの旅券(市民権)を獲得したと報道されています。

http://www.jpost.com/servlet/Satellite?c=JPArticle&cid=1199964912470&pagename=JPost%2FJPArticle%2FShowFull

バレンボイムは周知のように、アルゼンチン生まれですが、ユダヤ人としてイスラエルという国には強い思い入れを持つ人間の1人でもあり、イスラエルの市民権も持っています。不世出の天才チェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレとの結婚式もユダヤ式にイスラエルであげています。その一方で、イスラエルにはびこるナショナリズム、ユダヤ人至上主義については批判の声を隠そうとはしていません。数年前にも、彼はイスラエルで演奏禁止になっていたワーグナー作品を上演し、イスラエル国内で物議をかもしました。これが騒ぎになった背景には、ワーグナーが反ユダヤ主義者であったこと以上に、その作品がヒトラーに愛され、ドイツ意識を称揚するものとして、ナチのプロパガンダに使われた歴史がありました。

戦後60年、ワーグナー作品にいまだにアレルギーを感じる人が、はたしてどれだけいるのでしょうか。しかし、武道館でのビートルズ公演を国辱と捉えた人間がいるように、頑迷固陋な考えを持つ人間はどこにでもいるものです。数ヶ月前に、イスラエルの新聞かblogに、「ワーグナー作品を録音で楽しむのならば、フルトヴェングラーやカラヤンやベームではなく、ナチと闘ったフランスの指揮者やユダヤ系指揮者のレコードで聴くべきだ」、などという、なんとも愚劣な論説さえ見たこともあります。そのような中、あえてイスラエル・フィルで、ワーグナーを取り上げるというバレンボイムの行為は、イスラエル国内のみならず、イスラエルのスポンサーとも言えるアメリカでも議論を巻き起こしました。

アメリカでは、バレンボイムの度々のパレスチナ人への同情的な発言も議論の対象になってきました。アメリカという国は親イスラエル団体の影響力が強いため、本国のイスラエル以上に、イスラエル-パレスチナ問題はデリケートな話題となっており、大手メディアではまともな議論が存在しません。数年前、そのタブーをやぶるべく、カーター元大統領がイスラエルによるパレスチナ人への対応を「アパルトヘイト」と批判する本を出版しました。この時、blog等ではカーターの主張への支持が強かったのですが、一方でイスラエルべったりの大手北米メディア、そしてイスラエル国内のメディアはカーターを「反ユダヤ」(このレッテルは、アメリカでは社会的な地位を持つものにとっては、死刑宣告に近いものがあります。一昔前の「コミュニスト」と似ています)「敗北主義者のたわごと」とこき下ろし、カーター自身が本の内容について一部謝罪する事態にまでまでになりました。中東和平に多大な貢献を行い、ノーベル平和賞を受賞し、最大の敬意を払われるべき地位にある元大統領でさえ、ことイスラエルについては自由な発言がままならないのです。バレンボイムはイスラエル国民でもあるので、より自由なイスラエル批判が許されているという意見はありますが、それでもアメリカやイスラエルのメディアや親イスラエル団体から、「Self-hating Jew」(自虐主義のユダヤ人)というレッテルを貼られています。このレッテルは、イスラエル政策を批判するユダヤ人達につけられるもので、日本風に言えば、「非国民」というところでしょうか。

もしかしたら、バレンボイムは、自身が崇拝してやまない先輩、フルトヴェングラーのナチとの葛藤を思い出しているのかもしれません(アダという名の女)。フルトヴェングラーは戦時中に公職にあり、時の政府、保守層との闘争を強いられました。その中で、ユダヤ人音楽家達を保護し、公然とナチに刃向かったこともあります。もちろん、イスラエルは議論はあるとは言え、成熟した民主主義国家ですし、自国のパレスチナ政策への批判も含め、言論の自由がかなり保証されています。ナチと現在のイスラエルは、あらゆる意味で同列にはなりませんし、比較することさえ不謹慎でしょう。それでも、二人が置かれた地位には少し似たところがあります。

バレンボイムについては、かつてMSで倒れたデュ・プレの闘病中に、パリで愛人をつくっていたということを巡って、一部の音楽ファンからいまだに批判があります。しかし、近年の彼の発言、姿勢については、その勇気を支持し、賞賛しないわけにはいきません。来年のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートの指揮者に決定しているようですが、彼らしいこってりしたワルツだけでなく、相互理解と和解を呼びかけるメッセージも聞けるのではないかと想像しています。


デュ・プレとバレンボイム夫妻のサイン入りLP (筆者蔵)

----------------------------
1/11/08
「Lost Genius のペーパーバック版」

好評を受け、Lost GeniusのPaperback版が出るようです。日本で言う文庫本です。しかし、なぜ顔が半分だけ?

Music and ArtsのCDの方も、ぼちぼちユーザーレビューが登場し始めています。Kevin Bazzanaは私にCDを送ってくれる筈なのですが、まだKevinのところにも届いていないみたいです。税関で引っかかったみたいです。こちらに到着し、録音等の最終確認をとり次第、サイトにレビューを掲載します。

----------


1/8/08

The American Hungarian Federation がLost Geniusを紹介しています。著者はニレジハージと言葉を交わしたことがあるようで、そのことも少し書いてあります。

http://www.americanhungarianfederation.org/culturalnews_nyiregyhazi.htm
---------------------
1/6/07

「最近のニュースから: ボビー・マクファーリンとカルロス・クライバー」

ボビー・マクファーリンというジャズ・スキャット歌手がいます。名人芸(というより大道芸)的な技倆の持ち主で、ヨー・ヨー・マなどとも共演しています。彼は若い頃クラシックの教育を受けており、90年代の始めから、オーケストラの指揮活動をはじめました。ウィーン・フィルなどとも共演、初めてのコンサートではハンブルグのオーケストラを振っています。その時は、オーケストラから良い反応が得られず、コンサートの前は非常にナーヴァスになっていたそうです。

コンサートの20分前、マクファーリンは一通のFaxを受け取ります。送り主は、当時、既に生ける伝説となっていた指揮者、カルロス・クライバーでした。

「青天の霹靂だった。彼はホールの事務所を通じてFaxをくれたんだ。代理人がそれを持ってきてくれた。僕はぶっ飛んだよ。文字通り、その夜はぶっ飛んだね。他の音楽家が僕のことをどう思おうと知ったこっちゃない。でも、「カルロス・クライバーが、僕がこの世に存在していることを知り、僕が指揮活動をしていることを知っていた」-------こいつは話が別だよ。彼は僕が誰で、指揮をしていることを知っていたんだ。そして、励ましのメモをくれた」

「クライバーは、全ての指揮者は自分のやり方を持っていると言っていた。そして、自分が満足でき、音楽家達が自分と一緒に演奏できることを楽しめる限り、どうやって音楽にアプローチするかは大した問題ではない、と言っていた。彼はまた、音楽家達は教えられて欲しいとは思っておらず、単に指揮者と一緒に音楽を楽しみたいと思っているものだ、と言った。彼らが楽しむ限り、指揮者のやり方は問題じゃないんだ。それにね、彼はダニー・ケイにさえ言及したんだよ。ダニー・ケイは偉大な指揮の才能をもっていた。でも音符を読むことができなかったんだ。」

http://www.ocregister.com/news/mcferrin-conducting-don-1952929-classical-says

人気絶頂だったクライバーは周知のように、80年代の中頃から演奏会の数を極端に減らしはじめ、90年代の中頃以降は、ほとんど公衆の前に姿をみせなくなってしまいました。スタジオ録音も82年の「トリスタン」全曲が最後です。公演のキャンセルも多く、私も90年の中頃、VPOとの日本公演のキャンセルを食らい、がっかりしたことがあります。そんなこともあってか、カルロス・クライバー、という名前にはどこか神秘的な天才、というイメージがつきまとってしまうものですが、マクファーリンとのエピソードからもわかるように、実は気さくかつ陽気で、積極的に人とコミュニケーションをとる人物だったようです。彼については、Fax、電話、手紙が関わるエピソードが意外に多いです。セルジュ・チェリビダッケにあてた、毒舌の公開書簡は有名ですね。私の知人にも、ひょんなことからクライバーと文通を始め、友人関係となったアメリカ人がいます。彼から、クライバーとの個人的な想い出を綴った長い文章を貰ったことがあります。

クライバーが、あのように隠退同然の後半生を送った理由については、完璧主義が嵩じ、自らの高すぎる理想と、実際の演奏のギャップの大きさに傷つき、苦しんだ、ということがあったようです。若い頃は膨大なレパートリーをこなしていたのにも関わらず、晩年はせいぜい3-4プログラムしか振らなかったのも、そういった完璧主義の表れでした。クライバーのリハーサルを見たことがありますが、彼には一種の強迫性障害のようなものがあったようです。まるで抑制がきかなくなったかのように、続けざまに8回にわたって同じフレーズを口ずさんで、オケに弾き方を徹底させるような箇所がありました。-----そういえば、クライバーの死去が報道された日、晩年まで交流があったドミンゴがラジオ(NPR)に登場していました。「彼は死ぬ時までもの凄く勉強していたんだ。あんなにいつもスコアを勉強していた人をしらない。だが、自分の意図は実際には達成できないと思っていた。だから指揮をしなくなったんだ。とても悲しいことだ」-------こういう意のことを、憔悴したような声で話していたのが印象的でした。

左は私のアーカイヴから。リヒャルト・シュトラウスの「エレクトラ」の冒頭、「アガメムノンのモチーフ」が書かれている珍品です。クライバーは生涯に9度、「エレクトラ」を指揮しており、そのうち、シュトゥットガルトとコヴェントガーデンのプロダクションの録音が残っています。歌手がより優れているコヴェントガーデンのものは、1977年、ニルソンとギネス・ジョーンズを擁した強力なもので、数年前にGolden Melodramから出ていました。現在は入手困難です。クライバーの指揮は精緻で流麗で饒舌。複雑極まりないスコアから玄妙な響きを引き出したもので、指揮の見事さは、全ディスコグラフィ中でも三本指に入るものです。ただ、録音は、客席でカセットテープを使用されて録られたものらしく、劣悪なもので、最後の和音が途切れたりします。ベルクの「ヴォツエック」の三章のステレオ録音が収められており、こちらは録音も比較的良好です。

新年早々、挨拶と並べてわざわざ血みどろのオペラのモチーフを赤ペンで書いたのは、もしかしたらクライバー流のジョークなのかもしれません。生涯を通じ、偉大なる父エーリッヒ・クライバーへの強烈なファザー・コンプレックス(=エレクトラ・コンプレックス)を持っていたというカルロスに相応しいモチーフではありますね。


-----------------------------
1/4/08

「グレン・グールド」

私がここ数年、余暇でやっていることの一つに、音楽家関連のアンティークを収集する、ということがあります。未発表作品の楽譜、異版の楽譜等を発掘し、音源化していくのが目的ですが、そういったものを入手するチャンスは年に一度あればいい方。そこで、稀少なサインや手紙等も集めています。ピアソラ、デュ・プレ、グールド、コルトレーン、カルロス・クライバー、アルヴォ・ペルト.....Kevin Bazzanaと知り合ったのも、私のニレジハージのコレクションに彼が興味を抱いたのが始まりでした。

こんなblogを見つけました( http://mhara21.exblog.jp/i0/)。晩年のグールドに会いに行き、会うことはかなわなかったものの、サイン入りレコードをプレゼントされた、という珍しい方です(演奏家の中では、グールド、デュ・プレ、リパッティの三人のサインは非常に稀少です)。私はグールドのアンティークも持っていますが、この方の持っておられる手書きノートの実物にはちょっとびっくりしました。カナダの国立図書館級ではないでしょうか。もしかしたらKevinも知らないかもしれません。

--------------
1/3/08

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

今年は、私にとってアメリカ最後の年になります。アメリカには9年いた計算になります。

最初は西海岸のサンディエゴにいました。ラホヤという海の側の街にアパートを借りていました。青い空、快適な気候、海に沈む夕日の美しさには魅せられたものです。ただ、その他の事については、日本の良さを再認識させられることが多かったです。それはシアトルに移った今もそう。自然は綺麗だし、仕事上の人間関係は楽ですが、その他の点については......。公共交通機関は貧弱、「貧乏人は死ね」といわんばかりの後進的な社会システム、内外に敵を作らないと結束できないような国民性....。日本というのは、総合的に見てアメリカよりもいい国ですよ。これはアメリカに長くいる日本人ほどそう言います。いろんな点で、日本は進んでいます。例えば、陸の公共交通機関は数十年は進んでいると言ってもいいでしょう。でも、そういう良さは、国内にいるとちょっと認識しにくいのかもしれませんね。米メディアの日本システム批判や揶揄に神経を尖らせ、右往左往する日本のメディア報道を見るたびに、もっと自分に自信を持ってくれよ、と思うことがよくあります。

私の次の行き先はまだ確定はしておりませんが、今のところ、ヨーロッパの大学の機関が有力です。早ければ春には移ると思います。日本の可能性もあります。いずれにせよ、4月にはアメリカを出るので、今年の上旬は引っ越しの準備等、いろいろと忙しくなりそうです。