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「半世紀もの路上生活」
「半世紀ぶりのリサイタル」
「1970年代のある日、みすぼらしいみなりで突然カーネギホールに表れ、完璧なリストを弾いて消えて行った」
(これらはいずれも真実ではない*注1)



Lost Genius: The Incredible Story of a Forgotten Prodigy and Musical Maverick

By Kevin Bazzana

ワシントン・ポストによる書評はこちら

失われた天才 ケヴィン・バザーナ著、鈴木圭介訳
春秋社

ある人々にとっては、アーヴィン・ニレジハージ(1903-87*注 2)は、神話の世界の住人である。彼は史上類い稀な神童作曲家としてデビュー、少年ピアニストとしてもヨーロッパを席巻し、楽壇の頂点に登り詰めた。しか し、「リストの再来」とまで讃えられたアメリカでの大成功から間もなく、こつ然とスラム街へと姿を消した。この時、彼はまだ20代の半ばの美青年だった。 その後、極貧の中で半世紀にわたって、1000曲を超える膨大な作品を書き続けた。1970年代、病気の妻を救うために老ピアニストとして劇的に復活、衝撃的な演奏を 収めたレコードの登場...........。こんな「世を捨てた天才」の物語というものには、いつの時代にも夢や想像力をかき立てられるものがある。ニ レジハージの場合も、ほとんど演奏を聴く前から、多くの人々が彼に魅了され、自らの夢を投影していった。現在の状況からは想像もできないことだが、 1970年代後半からの数年間は、北米、そして日本で「ニレジハージ・ブーム」と言ってよい時期があったのである。冒頭にあげた、事実とは無関係な伝説は そんな状況から生まれていった。しかし、その反動もあって、21世紀に入って彼の名前はすっかり忘れ去られている。

実際、ニレジハー ジの生涯となると、神話のベールに包まれている箇所が多く、わからないことばかりである。少年期と晩年期は比較的資料が豊富なのだが、スラムに入った 1920年代後半からの約50年間の情報は断片的である。まして、シェーンベルグらを始めとする芸術家達を驚嘆させたという、その全盛期のピアノ演奏はほ とんど伝えられていない。忍耐強さ、冷静さ、高い分析能力を持つ研究者による仕事が待たれていた。

2007年2月、カナダの音楽研究家、ケヴィン・バザーナ(Kevin Bazzana) は、ニレジハージの伝記"Lost Genius: The Incredible Story of a Forgotten Prodigy and Musical Maverick"を発表した。ニレジハージの生涯をまとめた伝記としては、 世界で最初になる。バザーナは、出版の10年以上前からニレジハージに着目し、綿密な調査活動を行ってきた。彼は100年間におよぶ日米欧の文献と、ニレジハー ジが残した長大な会話テープを分析、家族、関係者へのインタビューを行い、公式、プライヴェート、未発表録音を収集、研究した。その中で浮かび上がってき たのは、不運と闘いながら、自由で本能的な人生を送った一人の芸術家の凄まじい生きざまである (バザーナから本サイトに寄せられた文はこちら)。

バザーナは、現在、北米を代表するピアノ演奏の研究家である。UCバークレー校で博士号を取得し、博士論文「Glenn Gould: Performer in the work」が本となり、世界的な評価を受けた。日本国内でも、その邦訳、「グレン・グールド演奏術」が出版されており、そのアナリーゼの緻密さは、吉田秀 和氏をはじめとする識者から絶大な支持を受けた。最近発表された、第二作目のグールド伝「Wondrous Strange」は、ワシントン・ポストやニューヨーカーといった米国を代表する主要メディアで賞賛されただけでなく、カナダ・アメリカの主要な文学賞を 受賞している。音楽家ニレジハージの生涯を客観的な目で評価できる存在として、これ以上の適材はいないだろう。

私自身、ニレジハージというピアニストには興味を持ち続けており、彼に関する資料を集め始めていた。2004年の初頭、バザーナから送られてきた一 通の メールから、自分はこの伝記プロジェクトに関わることになった。バザーナ曰く、私が保有しているニレジハージの関連資料を本で使用したい、ということで あった。その後、伝記内容についてやりとりをして行くうちに、ニレジハージ来日に関する情報がスムーズに得られておらず、日本の章を大幅に縮小す る可能性を考えていることがわかった。体調もあって日本で取材活動をするのは不可能だという。そこで、私が代理で日本に行き、協力体制の設立と、取材、資 料の収集、翻訳を行うことを申し出た。とある関係者のご協力もあり、2度の来日時に行った取材で得た資料、録音は決して少なくはない量となった。英独語版 の公刊後、邦訳出版のために知人を介して春秋社に企画を持ち込み、数年後、「失われた天才」(鈴木圭介訳)が2010年1月に出版された。伝記の最 後のジグソーパズルを埋める手伝いが少しでも出来たとすれば、これ以上の喜びはない。

バ ザーナが10年がかりで集めた資料についてだが、諸般の事情から伝記には含むことができなかったものも多い。その代表的なものが未発表録音であった。バザー ナが遺族や友人から入手したものを合わせると、10時間分はある。その中には、親しい友人のために演奏されたというニレジハージの最後の録音も含まれる。 バザーナは、そういった貴重な音楽ファイルを本に添付したいと願っていたのだが、コスト点で折合いがつかなかった。このサイトは、そういった落とし者達を 救う場として、バザーナとの会話の中で思いついたものである(その後、オランダの国際ニレジハージ財団由来のライヴ音源については、M&A社から 発売された)。このサイトでは、伝記と、厳選した資料を活用し、彼の音楽性に焦点をあて、それに向き合うことの今日的な意義を探って行きた い。

サイトで使用した資料については(私が保有しているものも含め)、バザーナ、オランダの国際ニレジハージ財団とコピーを共有している。特に後者はニレジ ハージの遺族の委託を受け、ニレジハージ関連の著作権を一括管理しており、本サイトの活動についても賛同している。こういっ た事情から、音源の無断転載は遠慮していただきたいと思う。

#注1)こういった記述は、過去の新聞や、現在でも日本語版ウィキペディアなどに記載されているものだが、事実を誇張、あるいは歪曲している。ニレジハージが晩年、カーネギーホールに突然現れて弾いた、という事実はない。

# 注2)彼の名については、ほかにもエルヴィン、アルヴィン、ニーレジハージ、ニアレジハアジ、ニアレジハージ、ニレジハアジ、ニレジハジなどの表記があ る。正しい表記など存在しないし、私の経験から言っても、他言語社会で育ったヨーロッパ人は、自分の名前が正確に発音されるか否かについて無頓着である。 ニレジハージ自身、どちらでもいいと思っていただろう。ただ、バザーナによれば、ニレジハージの名前は"Air-veen Nyeer-edge-hah-zee"と発音すべきだそうである。また、映画やテープなどで、アメリカ人やカナダ人が彼の名前を「アーヴィン」と発音し ている。「アーヴィン・ニレジハージ」で統一しておきたい。

追記)ハンガリー人のヴァイオリニストに確認したところ、Ervinに近い音は「アーヴィン」と「エーヴィン」の中間音で、Rの巻く発音はあまり強調しな いとのことだった。ニレジハージに近い音は「ニーレジハージ」と「ニレジハージ」の中間で、最初のジは舌の奥の両側を使って軽く発音するとのこと。 このジの発音は日本語や英語に無いため、日本人には真似が難しい。ニレジハージが1978年のMike Starrのラジオ番組で発音を訊かれた際、彼は以下のように答えている。

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