幻の第一版間奏曲、Symphonie

破 棄された第一版間奏曲、Symphonie。ベートーヴェンのような主題で始まるこの曲は、ダンディの指摘するように、第一部と第二部を音楽的にも調性 的にも関連させる役割を果たしている。これが第二版で破棄された理由は、技巧的な難しさだけでなく、改変によって生じた第一部終曲の移調により、間奏曲や 第二部開始の調とのバランスが失われ、ブリッジとしての用をなさなくなったためである。しかし、第一部終了後、間をおかずに演奏された場合の効果は大き かったであろう。ベートーヴェンの「フィデリオ」の中におかれたレオノーレ序曲第三番が劇的な効果を与えるように。

第一版間奏曲の再現


再現に用いた第一版初版楽譜、第一ピアノの間奏曲Symphonie冒頭(筆者蔵)。フランクによる2手ピアノ+合唱編曲版だが、序奏と間奏曲部分のみ、4手のピアノのために書かれている。

このセクションでは、フランクからマスネに贈られたピアノ・ヴォーカル スコアの現物を用い、ソフトウェアを用いて第一版の間奏曲「Symphonie」の再現を行っている。再現にあたり、声部を強調するため、あるいは自然な 呼吸になるように、少なくない変更を加えている。それでも不自然さは消えるものではないのは致し方ない。いずれにせよ、Symphonieは初演時には ずされている上、楽譜の流通も限られていたから、こうして実際に音として公開されるのは初めてになるかもしれない。

破棄された第一版間奏曲の評価については、まったく異なる楽想を持つ第二版間奏曲の印象が良いだけに、専門家達もこの曲の破棄をそれほど残念がっていな い。第一版を全体として上位においたダンディでさえ、第一版間奏曲の楽想は曲に含まれたコンセプトの秀逸さに追いついていない、としている。Vallas は「テーマの展開をやりすぎている」としている。Demuthは新規性を高く評価しつつも、クライマックスは「平凡なリストのような」と辛辣な評価をし ている。ただ、Demuthが問題を感じているのは、曲の質よりも、第一版、第二版間奏曲ともに「曲が表現しようとしていることと曲調が合わない」とい うことらしい。確かに、曲の末尾の表現がニヒリズムというにはやや軽いかもしれない。

旋律の美しさという点で、第一版間奏曲が第二版間奏曲に劣るのは間違いない。しかし、フランクが当初自信を持っていた第一版の核となる曲である。 平凡な旋律ではあるが、それらを提示し、ソナタ形式に基づいて積み重ねていく様子はベートーヴェンの作品を彷彿とさせる堅牢さがある。美しい以外にこれ と言って何も起きない第二版間奏曲と比べ、第一版間奏曲の展開は多様で、実験精神と意欲が感じられる。とりわけ後半380小節において、本編の「La terre a tressailLi...」の旋律を織り込みながら展開する箇所(音声ファイル7分-8分30秒)は、印象深い劇性と推進力を持っている。この箇所は 第二版でも似た展開を見せるが、第一版の方がはるかに躍動感に溢れており、聴き応えがある。

この第一版間奏曲については、フランクによる以下の詩がある。キリストの時代の贖罪を描いた第一部を音楽で総括するだけでなく、未来の贖罪を描いた第二部へとつなぐ標題音楽と言える。

「(キリストの時代から)何世紀もたつ。歓喜の世界は、キリストの言葉により変容をうけ増大した。苦難の時期は無駄だったのだ。信念が困難に打ち勝っ た!しかし、いまや現代がやってきている。信仰は死に絶え、人類は今一度残酷な快楽とニヒリズムにとりつかれ、原初の情念へと戻ってしまっている」


「贖罪」第一版(1871年版)間奏曲「Symphonie」(Large file)
 

「贖罪」第一版(1871年版)間奏曲「Symphonie」(Small file)


冒頭部。同じ音型を二度繰り返すという典型的なフランク・メロディ。歓喜の主題


第7-8小節目。第二版本編の第一部最終曲で登場するモチーフ。指定では弦のさざめくような伴奏にのり、クラリネットとフルートで奏される。
第12小節目。主要動機で、間奏曲を通じて重要な役割を果たす。冒頭の主題から派生している。
第35小節目。新しい動機で、さまざまな主題と組み合わされる。劇的な箇所で、合いの手のベース音として登場することが多い

第42小節目。この箇所は力強い展開。
第91小節目。官能的なモチーフ。半音階進行にはワーグナーの影響が見られる。後年のニ短調交響曲を予感させる。



第105小節目。後年、頻繁に見る事のできる、「起+起'+転結」型旋律の典型である。

第184小節目。コラール風の旋律と、第36小節目の旋律が組み合わされている。


第380小節目。第一部終曲、ソプラノによって歌われる「La terre a tressailLi...」の旋律が劇的に展開する。

第468小節目。第一部終曲、合唱の旋律がクライマックスで登場する。
第585小節目。第一部第二曲目、「Qui Le Jour...」の合唱の旋律が登場し、同じAminorで暗く曲を終える。現代の人類が、最初の贖罪を受ける前の罪深い状態に戻ってしまったことを示している。


To: 沈黙の響き